変革者たち

マット・マッケイ(Matt McKay)

人は誰でも、ふとどこかでウイスキーの世界に没頭してしまうものですが、マット・マッケイ氏の場合、それは面白いスコッチとジンジャーエールを飲みながら、3万フィートの高さの飛行機に乗っているときのことでした。それがきっかけで蒸留酒への興味に火が付き、自身のウイスキーブログを立ち上げ、最終的にはロンドンの新しいビンバー蒸留所で重要な役割を担うことになりました。フィルターなしの、そのままのマット氏をフォローしていけば、彼の個人的なウイスキー探求の中での変革的な瞬間について、より深く知ることができます。

Bimber’s distillery’s still set up as at June 2020

Bimber’s direct-fired operation

どのように始まったのか

20年以上前にさかのぼる話になりますが、私はPRやマーケティング、そして世界規模のイベントのためにたくさんの仕事をしていました。そんな理由で、その時代、私は世界中を旅していましたが、お酒は今よりもずっと自由に流通していました。私はメンタルを落ち着かせるために飲むのが好きで、よくジントニックを飲んでいましたが、だんだん飽きてきてしまいました。ある時、隣にいたおじさんがスコッチとジンジャーエールを注文していました。私は若く、影響されやすかったので、同じものを注文してみました。それはデュワーズ・ホワイトラベル(Dewar’s White Label )で、もちろんのこと、気に入りました。

ジンジャーエールと一緒に希釈した幅広く調和のとれたブレンドを飲むことから、シングルモルトやストレート、またはオンザロックを試すことへの移行は、それ自体がかなりのチャレンジでした。しかし、時と経験を重ねるうちに、私もその味が確実にわかるようになりました。料理学校に通っていた時期もあったため、味覚が発達していたことも大きかったと思います。それを言語を用いて表現できるようになったのは、後年になってからのことです。ウイスキー業界外の人々は、ウイスキーは単にウイスキーであり、より甘かったりスモーキーだったりするけれど、結局みんな似たようなウイスキーだという印象を持ちがちです。しかし、実際はそうではなく、パブやホテルのバーのほんの小さな品揃えにも驚くほどの多様さがあることがよくあるのです。それからの20年間は、ただひたすらその世界に没頭していました。

Matt played host to SMWS spirits director Kai Ivalo in January 2020

Picture credit: John Wilkinson

どのように発展していったか

私は自身のウイスキークラブを開業し、それがきっかけでウェブサイト(thedramble.com)を立ち上げることになりました。当初は、自分の見つけたウイスキーについて記録を残すためのテイスティングノートの作成にすぎませんでした。誰にとっても、自分の自然なスタイルを見つけるまでには、時間がかかるものだと思います。そのことを認識してからは、私にはもっとたくさん書けることがあると気付き、このウェブサイトは全く違う方向へと転換しました。ただ書くというよりも、議論を含めた掘り下げた内容になっていきました。「これがウイスキーだ。私が好きなのはこれだ。」そのテーマは、ウイスキーのテイスト(味)についてだけではなく、人々、経済、大麦、農業、文化、ユーモアなどへと広がっていきました。

ビンバー(BIMBER)での実践

ビンバー(BIMBER)は私の地域にある蒸留所で、そこのチームの人々に出会ったときには素晴らしいときが過ごせ、彼らのする仕事には感動させられました。彼らは約半年後に初のリリースを開始する予定でしたが、マーケティングもコミュニケーションも全くできていなかったので、私がその役割を担うことになり、それは今でも、本職であるバイオメディカルサイエンス分野の出版社のコミュニケーションディレクターの仕事に加えて行っています。それはまさに、私のコミュニケーションスキルとウイスキー愛好家であることの両方を活かせることができ、その仕事が本当に好きです。

Matt gets hands-on in the Bimber filling room

変革

ビンバーの工程をすっかりと変えて、計り知れないほど大量のウイスキーを作ることは可能ですが、それは私たちが目指していることではありません。事実上、7日間発酵させて10時間蒸溜するのであれば、なぜそれをボロボロになった古い木材の容器に入れて、急いで取り出す必要があるのでしょうか?すべてが遅く見え、生産容量は実現可能なものよりもはるかに小さいのですが、それは私たちが、容量ではなく、純粋に独自の考え方とアイデンティティを突き詰めていくために、常識に逆らいながら活動しているためです。私は個人的には、ビンバーで造られる3年のウイスキーは、多くの同じ年齢やそれ以上の年齢のウイスキーよりも、はるかに発展し、成熟したものだと感じています。それは純粋に、これらの工程とウイスキーのスタイル、そしてそれを実現するために時間をかけているためです。私はそれを「変革」と呼びます。 そして、ウイスキー愛好家たちは、新しい工程やアイデアにわくわくし、年齢の若いウイスキーにもかかわらず、そこにできる限り多くの風味を封じ込めなくてもよいのかと悩むこともなく、既存の枠組みを超える探求をしたいと思うようになってきています。正直に言うと、それはウイスキー業界に意識改革が起きたということです。私たちは10年前にも、今日行っていることを正確に伝え、同じように生産をすることは可能だったであろうが、それは行われることはありませんでした。当時のウイスキー市場にとって、そのようなことを実施する心構えを持つことが可能だったのだろうか?そうは思えません。それは時代精神であり、適した時代に適したところでのみ実現可能なのだと思います。

一味違った美しさ

この蒸留所は外から見ると、大したことのないものに見えます。ノース・アクトン・チューブ(North Acton tube)駅から工業団地を抜けて、別の地区と似たような地区にたどり着くまでの道のりは特に素晴らしいものではありません。しかし、ドアを開けてみると、そこはウイスキーのメッカなのです。そこでは、製造工程のすべてを一室内で見ることができます。もしあなたが本当に製造工程に興味を持っているのであれば、実際の状況下で各段階を見ることにより、それがどれだけ複雑なものなのかを理解することができます。また、[創業者]ダリウス・プラジェフスキー(Darius Plazewski)氏による製造の歴史に由来する伝統がかなりの割合で残されているために、私たちの工程では直火、長時間の発酵などの手法が用いられています。伝統的な面は多く残っていますが、私たちはそれらを今後の時代に向けて応用しています。

オンライン活動

ブランドエンゲージメントは、蒸留所にとっても非常に大切なものです。そして、新型コロナウイルスが、それに対して何らかの変化をもたらしました。ライブのイベントはなくなり、外出することや旅行することもかなり制限されています。そして、あらゆる人々がオンラインへと移行していきました。個人的に思うのですが、すべてのものに同等の価値があったとしたら、あなたがウイスキーAとウイスキーBを手に入れた場合、ウイスキーAの味もウイスキーBの味も同じように好きで、値段も同じで、パッケージも同等ということになるでしょう。しかし、ブランドとの関わりを持つことや、あなたと関わってくれる人がいることで、そのコミュニティや蒸留所、彼らのしていることの一部であると感じられるのです。次のような言動を聞いて不安になることもあるかと思います。「あのさあ、知ってる?私は本当にこのブランドが好きなんだ。彼らが自分に話し掛けてくれるからこそ、彼らが作っているものも好きなんだよね。」去年起きたことによって、より一層デジタル的に関与していくことの重要性が高まり、それは素晴らしいことでした。それがブランドとの関わりにおいて起きた変化であり、それは今後も残り続けていくでしょう。以前のように再び実際にライブで開催されるイベントに参加することが待ち遠しいのは当然ですが、その一方でデジタルなオファーも続け、デジタルフェスティバルやテイスティングを開催する人々を支援し続けていきたいと考えています。