感覚をめぐる冒険

スコッチの多感覚体験

チャールズ・スペンス教授は、例えば焚き火の爆ぜる音、木材のきしむ音、コントラバスの調べ、シルクの手触りといった環境による五感への刺激がウイスキーのフレーバーを引き立たせる可能性について研究している。「感覚をめぐる冒険」の世界へようこそ。

ウイスキーを飲む環境がどれほどウイスキー体験そのものに影響を与えるのか?場所を変えるだけでウイスキーのフレーバープロファイルを意図的にコントロールすることは可能なのか? 2013年にシングルトン・センソリウムというイベントで私たちは実証実験を行いました。五感を刺激するこの実験的なイベントによって、私たちは見るもの、香るもの、聞くもの、触れるものに大きく影響されてウイスキーを味わっていることがわかったのです。

シングルトン・センソリウムでは一般の方500名を3つの部屋によって構成されたソーホーのスタジオに招待しました。まず招待客に一杯のシングルトンウイスキーとスコアカード、鉛筆が配られます。それから私達スタッフは招待客を10人程度のグループに分け、3つの部屋に案内します。3つの部屋はあらかじめ、それぞれがシングルトンウイスキーの「草っぽい香り」「甘い味わい」「テクスチャーのある後味」を強調するように設計されています。

シングルトンウイスキーの「Sensploration」

チャールズ・スペンス教授( 写真:Sam Frost)

キッチン・セオリーのウォーターテーブル(写真:John Scott Blackwell)

だいたい15分ですべての部屋を回り終えるのですが、その間それぞれの部屋でウイスキーのテイスティングノートをつけてもらいます。興味深いことに、招待客はイベントの間ずっと自分の手で同じグラスを持っていたにも関わらず、多くの人が部屋によって中身の味が劇的に変化したと感じたのです。

特に意図的に強調しようと設計したフレーバーについてはそれが顕著で、10-15%もそれぞれの部屋で強く感じられました。

結果を見ると、シングルトンの「後味」にフォーカスした木の部屋が人気でした。木の部屋は壁も床も木製で、焚き火の音や木製のドアのきしむ音、コントラバスの音なども仕込まれています。 ここから導き出される仮説として、リアル/バーチャル(それが実際にはグラスゴー空港の出発ラウンジだったとしても)に限らず、焚き火の前に座ると人はウイスキーの味わいがより深く感じられるということがわかったのです。このイベントを参考に、湖水地方のあるミシュラン星付きレストランでは、ウイスキーをサーブするときに木製のトレーに乗せて運ぶようになったほどです。

お酒の味を決めるために、音楽を慎重に選ぶ。

正しい音を打つ

聴覚への刺激はどうでしょうか。ウイスキーの味わいを深める音として、スコットランドの音楽を連想される方も多いのではないでしょうか。 残念ながら私の予想では、バグパイプの音を聞いてハイランドの情景は浮かんでもウイスキーの味には影響がありません。 むしろ、最新の研究では一番好きな音楽を聞くのがよいとされています。

もしあなたがスコットランド系の音楽が好きであればぴったりかもしれませんが、研究によれば自分が聞いているものに対して感じることは、自分が味わっているものへも影響するのです。音楽というのは環境的要因のなかで変更が容易なものです。「音で味わいを変える」方法として、甘みを引き出すには高音のピアノ、苦味を引き出すには低音の金管楽器を試してみてください。 ちなみに音楽の音量が大きいとアルコールを感じづらくなるので注意が必要です。

シェフのJozef Youssef(写真:Annemarie Sterian)

チャールズ・スペンス教授

代替現実

香りも味に影響を与えます。コロナ前に私は友人のヨゼフ・ユセフがシェフを務めるレストラン、キッチン・セオリーでシーヴァスをテーマにした彼のガストロフィジックコースを堪能しました。彼はウイスキーの甘みを引き出したい時にはキャラメルやバニラの香りを、スモーキーなフレーバーを引き出したい時には燻したベーコンの香りを空間に散布するのです。(ちなみに二年ほど前に泥炭の香りのお香というものを手に入れたのですが、私の考えでは元々ピーティなウイスキーが苦手な人には、このお香は効果がありません)

私達の脳は今感じている香りが飲み物から来ているものなのか、その空間にたまたま漂っているものなのか判別することができないようです。

また、ユセフのレストランのイベントで同じウイスキーが丸と角度のついたグラスでそれぞれ提供された時もゲストはおそらく同じボトルのお酒だと理解していながらも、「違う味に感じられる」と報告しています。 異なる素材をこすり合わせることでも、感じる味に影響が出ます。例えばサテン、シルク、サンドペーパーなどで試してみると、なめらかな質感の素材はウイスキーやワインの甘みを引き出すようです。 ガストロフィジックスの研究はまだ始まったばかりですが、私の考えではあなたのフレーバーの好みがどんなものでも、それをより強く感じられるような環境的要因を用意することができますし、逆に苦手なフレーバーを抑えることもできるはずです。 これが大変興味深い「感覚をめぐる冒険」の世界なのです。

チャールズ・スペンス教授 オックスフォード大学実験心理学教授及びクロスモーダルリサーチラボ主任。