ウェールズのウイスキー事情

丘の上の富

ウェールズと聞くと、真っ先にウイスキーと結びつけられないかもしれません。 なだらかな緑の丘には、大麦畑よりもはるかに多くの羊が住んでいます。 この国では、昔から蒸溜酒よりもビールに関心がありました。 そして、谷間には違法な蒸溜酒造所よりもはるかに多くの富が隠されています。 しかし、デイビッド・カバーのレポートによると、ウェールズの中心部から新しい種類の富が湧き出ているとのことです。

Welsh Whisky Companyの列車が走っていFrongoch

ウェールズとウイスキーの関連性は薄いものの、それほど遠くない過去に、ウェールズでウイスキー製造を始めようとする試みがあったのです。1890年代、現在の1,250万ポンドに相当する巨額の資金を投じて、北ウェールズにフロンゴッホ蒸溜所が建設されました。

フロアモルティング、スチルハウス、スタッフの宿泊施設に加えて、輸送のための鉄道も建設されました。現在わかっている限りでは、このウイスキーはピート香が加えられ、シェリー樽で熟成されていましたが、現存するボトルはほとんどありません。 その目的は?質の高いウイスキー生産者としてスコットランドに挑戦すること。 残念ながら、このウイスキーはうけ狙いとしての地位を脱することができず、当事北ウェールズでの強い禁酒運動と相まって、高品質のモルトウイスキーをウェールズで商業的に生産するという真の試みは絶望的なものとなりました。ウェルシュ・ウィスキー・カンパニーの元祖は、1903年に閉鎖せざるを得ませんでした。

ペンダーリンは、独自のFaraday stillを使用し、故ジム・スワン博士の協力を得て、新しい軽快なスタイルのウイスキーを生み出しました。

長い待ち期間

ウェールズでは、その次のウイスキーが発売されるようになるまで100年以上も待たなければなりませんでした。 ブレコン・ビーコンズの麓で少人数の友人が蒸溜所を始めたのは、2000年になってからのことでした。 彼らにはウイスキーづくりの経験もなく、必要な設備を購入するための資金がやっとある程度でした。 潜在的な投資家や友人に話をすると、みんな「クレイジーだな」と言って笑うだけでした。 現在「ワールド・ウイスキー」と呼ばれるカテゴリーが、当時まだ存在していなかったことを忘れてはなりません。 この時点からイングリッシュ・ウィスキー・カンパニーやカバランなどの蒸留所が蒸留し始めるまで、あと5年の歳月が経つことになります。 日本のウイスキーさえも嘲笑されたものでした。 ウェールズ産のウイスキーが、高品質であるなどとは、馬鹿げたものと考えられていました。 この駆け出しの蒸溜所は、その小さな村にちなんでペンダーリンと命名され、伝統にはこだわりませんでした。 スコットランドに挑戦したり、アイルランドを模倣したりするのではなく、ペンダーリンは何か違うことをしたいと考えました。 独自のファラデー・スチルを使用することで、まったく新しいスタイルのウイスキーを作ることができました。 より軽く、より繊細なウイスキーは、ジム・スワン博士の専門知識と相まって、樽の管理も刺激的なものになりました。 ウイスキーを仕上げるためにマデイラ樽が導入され、若いウイスキーに独特のフルーティーなスタイルを生み出しました。

ペンダーリンは、100年以上ぶりに、ウェールズ産のウイスキーを2004年3月1日に発売しました。 年間6万リットル(LPA)のマイクロディスティラリーから38万リットル(LPA)のマイクロディスティラリーへと成長したペンダーリンは、新しいカスクタイプを試したり、2014年には伝統的なポットスチルを2基導入したりするなど、革新的な取り組みを続けています。 今では、50以上の国際的な賞を受賞し、世界中の市場で力をいや増しに発揮しているグローバルブランドです。

上: David Cover, Penderyn ambassador

0 LPA

2004年に最初のウイスキーをリリースして以来、ペンダーリンは、年間6万リットルのアルコール(LPA)を生産するマイクロ・ディスティラリーから、38万リットル以上のLPAを生産するようになりました。

蒸溜所ができるまでに100年はかかると言われています…

ペンダーリンは、つい最近、2016年にDà Mhìle(ダ・ヴィーレイ)蒸溜所が最初のオーガニック シングルグレイン ウイスキーをリリースするまで、唯一のウェールズ産ウイスキーとして存在していました。 Dà Mhìleは2012年に生産を開始したばかりの蒸溜所ですが、ペンダーリンよりもずっと前からウイスキー業界に関わっています。 蒸溜所があるグリンヒノッド農場は、1992年にスプリングバンク社に依頼して、西ウェールズの農場で栽培された大麦を原料とした世界初のオーガニックウイスキーを製造しました。 このウイスキーは2000年に発売され、蒸溜留所の名前の由来となりました(Dà Mhìleはスコットランドゲール語でミレニアムを意味します)。 また、同年にはロックローモンド蒸溜所からオーガニックウイスキーの追加ロットを委託されました。 蒸溜所自体はとても小さく、そのプロセスや理念は、サステイナビリティとクラフトを重視しています。 スチルはヨーロッパ式のデザインで、精留塔を備えていますが、農場の敷地内にある薪を燃やして直接加熱しています。 穀物はすべてオーガニックで、蒸留所では毎年、モルトウイスキーとグレーンウイスキーを、少量ずつ発売していますが、それぞれわずか数百本ずつに留まります。

上: James Wright

本格的にウイスキー

ウェールズは今やウイスキー生産国となりました。しかし、もうひとつの大規模な蒸溜所は、アバ・フォールズが登場した2018年初頭まで建設されませんでした。 Abergwyngregyn(アバグィングレゲン)という小さな村は、スノードニア国立公園の端にある絵のように美しい場所で、海もすぐ近くにあります。 村の上に聳え立つ険しい崖からは滝が流れ落ち、その下にあるスレート工場跡地には、アバ・フォールズ蒸溜所があります。 この蒸溜所を運営するヘイルウッド社は、建物の愛情を込めた修復と伝統的なポットスチル設置に投資しました。 このポットスチルと、銅とスチール鋼の両方のコンデンサーを使用することで、現在製造されているその他のウェールズ産ウイスキーとの大きな違い、より重厚なフレーバーが生まれます。 また、ウェールズ産の大麦を使用し、バージンオークの樽をある程度の割合で使用することにもこだわっています。 これらの樽は現在アバ・フォールズの倉庫で眠りについていますが、このまま邪魔されずに眠り続けることはできないでしょう。 ジンやリキュールですでに高い評価を得ているアバ・フォールズは、2021年最初のウイスキー発表にて、成功をさらに確立したいと考えています。 スアバ・フォールズ社のマネージング・ディレクター、ジェームズ・ライト氏は次のように述べています。 「メナイ海峡とカルナダイ山脈に挟まれた土地が独自のマイクロクライメイトを生み出していること、アバ・フォールズの滝から汲み上げた、岩盤でろ過された水を使用していること、ウェールズ各地の農場で生産されたウェールズ産の麦芽を使用していること、そして、ウェールズ人チームの情熱と技術など、ウイスキーに込められたすべてがウェールズ独特なことから、私たちのウイスキーが固有のものとなっています。 「事実上、私たちは北ウェールズの精神を瓶詰めにしたのですから、その成果を大いに誇りに思い、守りたいと思います。そして、誇りを持っているからこそ、優れた食品や酒類の生産地としてウェールズを世界に轟かせたいのです。」

クラフトの世界に

しかし、すべてがウェールズのものばかりではありません。世界中のクラフト・ディスティリー・シーンの成功を受けて、小規模な蒸溜所が続々と誕生し始めています。 タノグロイスにある「イン・ザ・ウェルシュ・ウィンド」やチャンダログにある「コールズ・ファミリー・ディスティラリー」はその一例です。 コールズ・ファミリー・ディスティラリーは、2017年から少量ずつ蒸溜を開始し、すでに初のシングルモルト・ウイスキーをリリースしています。 コールズ一家はすでに、ライ麦ウイスキーや栗の木の樽を使うなど、いくつかの実験を検討しています。 一方、「イン・ザ・ウェルシュ・ウィンド」は、ブルックラディやウォーターフォードの蒸溜所からヒントを得て、地元の大麦のみを使用し、グレイン・トゥ・グラス(穀物からウィスキーグラスまで)のアプローチを採用することで差別化を図っています。麦芽はキルニングされていない状態(つまり緑色)で出荷され、小樽で急速に熟成されます。 蒸溜所は2018年初頭にスタートしたので、ここから最初のウイスキーが誕生するのもそう遠い未来ではありません。 両蒸溜所とも、ペンダーリンやダ・ヴィーレイのようなカラムハイブリッドスチルを採用しています。 あえて言えば、スタイルが生まれていると言えるかもしれません。 ウェルシュ・ウイスキーを簡単に定義できるとまでは言いませんが、蒸溜に対する革新的なアプローチは、ウェルシュ・ウイスキーを他とは違うものにするための重要な要素であるようです。

実際、ここで紹介した蒸溜所のうち、アバ・フォールズだけが蒸溜装置に何らかの精留塔も使用していません。 何よりも重視しているのは品質です。シングルモルトやグレーンウイスキーは、ブレンドやバルクウイスキーよりも優先されています。また、生産者と話をしていると、持続可能性や地元の環境をサポートすることが幾度となく話題に出てきます。

Welsh Windは、BruichladdichやWaterfordの蒸溜所からヒントを得て、地元の大麦のみを使用し、grain-to-glassのアプローチをとることで差別化を図っています。

今後の予定

ウェルシュ・ウイスキーの未来の展望は明るいようです。かつてないほど明るくなっています。 ペンダーリン社は、ウェールズに2つの蒸溜所を新設する予定で、フランディドゥノーにある蒸溜所は今年オープンし、スウォンジーにある蒸溜所は2022年にオープンする予定です。 アバ・フォールズは今年最初のウイスキーをリリースし、拡大していく予定です。 ダ・ヴィーレイとコールズは少量の製品をリリースし続けています。 ペンダーリン社のCEOであるスティーブン・デイヴィス氏は、「今はとてもエキサイティングな時期です」と語っています。 「最近、私たち全員が直面している課題にもかかわらず、ペンダーリンは将来について非常に楽観的であり、国内および国際市場でのブランド認知度を高めることに重点を置いています。 (6月には、)フランディドゥノーに新しい蒸溜所をオープンすることで、新しいスタイルのシングルモルトを作り、北ウェールズに初めて訪れる旅行客を迎え入れる機会を作ることが出来ます。 2022年には、スウォンジーのコッパー・クォーターでも同じことを行う予定です。 さらに、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの輸出パートナーと多くの時間を費やし、新旧のお客様にペンダーリンを紹介しています。

ツアーを始めよう

しかし、ウェルシュ・ウイスキーの世界は、まだ法律に定められているわけではありません。ウェールズでのウイスキーづくりに関する現在の規則は一般的なもので、この地域の地理的表示保護(Protected Geographical Indication:PGI)が現在検討されているところです。イノベーションが可能である限り、規則は祝福すべきことであり、ウェールズのウイスキーシーンがより大きく、よりまとまったものになるための新たな一歩になると信じています。 数年前までは、ウェールズのウイスキー蒸溜所を巡るツアーといえば、1つか2つのスポットを巡るのが普通でした。現在、ウェールズの蒸溜所巡りでは、南部のなだらかな山々や北部の岩壁、荒々しい海岸や草原の農地、手つかずの渓谷や豪華な景色などを楽しむことができます。訪問者はあらゆるところ、発音できない地名や、美しく忘れ去られた場所を訪れることになります。滝やお城、たくさんのパブ、そしてさらに多くの羊たちを見ながらドライブします。 そして、その過程で、本物のウェールズの富を発見することができるかもしれません。 Iechyd Da!(イェシット・ダ:乾杯!) ペンダーリン蒸溜所のグローバル・ブランド・アンバサダーを務めるデイビッド・カバー氏は、http://www.daveswhiskyreviews.com/でウイスキーに関する記事を執筆しています。