
蒸溜所プロフィール:トーモア
帰還
1959年に建てられたトーモア蒸溜所は、20世紀に新設された最初期の蒸溜所のひとつだ。2022年にエリクサー・ディスティラーズによって買収され、スペイサイドのこの蒸溜所は今、ある意味で『原点回帰』の道を歩みつつある。SMWSのウイスキー・クリエーション責任者であるユーアン・キャンベルにとっても、トーモアは幼少期を過ごした特別な場所だ。2024年3月、彼はこの蒸溜所を訪れ、自身の原点でもある地に立ち返った——新たな時代の幕開けとなる、トーモア第一弾のリリースを前にして。
PHOTOS: MIKE WILKINSON
グランタウン=オン=スペイへと続くA95号線を走れば、トーモア蒸溜所の美しい敷地と建物が目に入るだろう。建築的にもひときわ目を引くその蒸溜所は、優雅に刈り込まれたトピアリーの庭園に囲まれ、風雨に晒された緑青の銅屋根が印象的な佇まいを見せている。
今回の訪問は、私にとって一種の『帰郷』とも言える旅だった。というのも、私はこの蒸溜所の敷地内にある社宅で生まれ育ち、父のガスは当時ここでメンテナンス・マネージャーとして働いていたのだ。社員住宅や車両、蒸溜設備の管理はもちろんのこと、マッシュマンやスティルマンのシフトを代わって入ることもあった。「器用貧乏ってやつさ」とは、そんな父の謙遜した口ぐせである。
私たちがこの地を離れたのは1987年。私がまだ2歳のときのことだった。
トーモア蒸溜所は見事な景観を誇るが、現在は一般公開されていない。
オリバー・チルトン エリクサー社のチーフ・ブレンダー
この土地が育む絆
蒸溜所の入口へと続く階段のふもとに、ちょっと不思議な『ミニ・リド』のような施設がある。エリクサー社のヘッド・ブレンダー、オリバー・チルトンによれば、これは元々、従業員や住人たちのために設けられた『カーリング・リンク』として設計されていたのだという。だが何らかの理由でその用途で使われることはなく、私の父の話では、彼が働いていた頃には火災時の備えとして水を張っていたそうだ。この蒸溜所の建設は、確かにコミュニティを意識したものであった。社員用住宅のほか、地元のバドミントン大会やカーペットボウルの試合などに使われていた、趣のあるヴィレッジホールも併設されている。こうした催しは90年代後半まで続けられていたという。一方で、やや社交的でないのが、現在は沈黙を守る装飾的な『時計塔』だ。起動すれば15分おきにスコットランドのジングルを奏でてくれるが、今はただ静かにその存在を主張している。
新たなオーナーたちは、かつてのコミュニティ精神を引き継ごうとしている。従業員の数は5人から25人へと増え、地域の雇用を生み出すことが彼らのビジョンの中核を成している。
現在、この敷地内の家々の多くはホリデーホーム(別荘)となっているが、エリクサー社はその一部を買い戻したとオリバーは語る。実は彼は、かつて私が暮らしていた家に現在住んでおり、隣の家をブレンディング・ラボとして使っているという。
形が導く、トーモアの本質
蒸溜所の水源は、クロムデールの丘にある湧き水だ。冷却や加水調整など、製造工程のあらゆる場面で使われている。蒸溜所の裏手にある小川まで、私たちは少し歩いてみた。かつて父がよく訪問客をここまで案内して、湧き水をその場で汲み、ウイスキーを振る舞っていたのを思い出す。静かで穏やかな場所だ。オリバーも「忙しい一日のあと、時々ここに来て心を落ち着けるんだ」と教えてくれた。
運営にあたるスタッフは、蒸溜の現場で長年培った確かな経験を持っている。蒸溜所マネージャーのポリー・ローガンは、2023年1月にザ・マッカランから加わった人物で、これまでに約20年にわたりさまざまな蒸溜所や役職を渡り歩いてきた。さらに、前の所有者(シーバス・ブラザーズ/ペルノ・リカール)の時代から働いていたオペレーターが2人残っており、2人合わせて40年以上この蒸溜所に勤めている。
オリバー自身は2013年からエリクサーに所属しているが、ウイスキーに関わり始めたのはずっと以前のことだ。興味深いことに、オリバーも私も2000年代半ばに大学で哲学を学び、小売業の仕事を経てウイスキーの世界に進んだという共通点がある。
製造設備にも個性が光る。10.4トンのフルロイター・マッシュタンからは、11基のウォッシュバック(発酵槽)へ麦汁が送られる。位置もユニークで、スチル(蒸溜器)の隣に4基、別棟の時計塔に3基、そしてボイラーハウスの上に4基という配置だ。
「ほとんどの蒸溜所は“機能”を優先して設計されます。でもトーモアは違う。“形が機能を導いている”んです。発酵槽の配置が複雑なので、それぞれ異なる温度で仕込まないと、狙った発酵のアーク(曲線)が得られません。」
スチルもまた特徴的で、すべてのウォッシュ・スチルとスピリッツ・スチルには、リフラックス(再蒸溜)を促すパーツである「ピューリファイアー(精留器)」が搭載されている。オリバーはこう説明する。
「ピューリファイアーの内部には銅のプレートが入っていて、蒸気を凝縮させて再びスチルへ戻す仕組みになっています。スピリッツスチルの設計では、S字に曲がった3枚のプレートを通過しなければならず、これが精留を重ねる役目を果たし、とてもクリアなスピリッツが生まれるんです。昔は銅のチェーンも中に吊るされていました。ここでは“リフラックス”がすべてなんです。」
これらのピューリファイアは、細い銅管を通じてスチル本体に接続されており、その途中には小さなサイトグラス(覗き窓)が組み込まれている。軽い蒸気はそのままシェル&チューブ式のコンデンサーへと進む一方で、重めのスピリッツはサイトグラス越しにスチルへと戻っていき、再び蒸溜される様子が見て取れる。
この設備はもともと、アメリカ人の嗜好に合わせたライトなスタイルのスピリッツを生み出すために設計されたものだった。しかしオリバーは、実際にできあがるスピリッツは当初想定されていたよりも重層的な仕上がりになっていると考えている。トーモアのスピリッツは、そのフルーティさとほのかなナッツ感で知られている。洋梨やストーンフルーツ(核果類)を思わせる風味にアーモンドのようなニュアンスが加わり、ほんのりとしたスパイシーさも感じられる。
未来を築く
熟成庫を歩いていると、見慣れたクーパレッジのロゴが刻まれたさまざまな樽が目に入った。いずれも、私たちザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティでも使っている樽たちだ。オリバーは、熟成年数や樽タイプの異なるサンプルをテイスティングさせてくれながら、エリクサーによるトーモア初のリリース計画を明かしてくれた。その名も「ブループリント・シリーズ(The Blueprint Series)」。 「最初のリリースは、4月末のスピリッツ・オブ・スペイサイド・フェスティバルで発表される予定です。将来的にどんなウイスキーを造っていくか、その『設計図』を見せる3種類のスモールバッチです。ひとつはファーストフィルのバーボン樽熟成、もうひとつはクリームシェリー樽、そして最後はトースト&チャーのオーク樽で熟成したもの。それぞれ異なるスタイルで、いずれはこれらを基盤にコア・エクスプレッションを構築していきます。つまり、これからの方向性を先取りしてお見せするようなものなのです。」
今後もトーモアの特徴であるストーンフルーツ系のフルーティさを守るために、樽選びにも一貫した哲学があるという。 「使っているのはすべてアメリカンオークです。そうすることで、スピリッツそのものの個性がはっきりと際立つんです。ストーンフルーツ、バニラ、フルーツクランブル、カスタードのような風味。色はそれほど濃くありませんが、味わいのバランスは絶妙です。」
私自身、トーモアのこれからに大いに期待している。その佇まいも、そして何よりその味わいも、実に明るい未来を感じさせる。そしてもちろん、SMWSのラインナップにも注目だ。今後、素晴らしい樽が登場することは間違いない。ぜひ、これからのリリースにご期待いただきたい。