その土地ならではの味

スペイサイドの息吹

『Whisky Wanderers』シリーズの『off the beaten track(ひと味違った旅)』の第一弾では、マッズ・シュモルがスペイサイドを訪れ、ダフタウン在住の地元のフォレジャー(野生食材採取者)、ミシェル・マイロンと共にその地を探訪する。この地では、ウイスキーがあらゆるものに影響を与えている。過去の物語、現在の地域の出来事、そして地元の植物に見られる化学的な痕跡に至るまで。二人が共に確認したのはひとつのこと――「スペイサイドでは蒸溜所の中に一歩も入らずとも、ウイスキー体験ができるのです。」ミシェルはそう言って笑う。

PHOTOS: RODDY MACKAY

ダフタウン蒸溜所のすぐそばで、ちょっと足を止めて一杯のウイスキーを楽しむ。

スペイサイドへと車を走らせる道中、牛たちが草原に座っているのが見える。隣に座る同僚のアンソニー・デルクロスに目をやり、それから窓の外に目を移すと、出発地のエディンバラを離れた時よりもずっと青みの少ない空が広がっている。 今月のテーマは『muddy boots(泥だらけのブーツ)』だが、雨の中での2時間のウイスキー&フォレージング・ウォークは、正直メンバーに提供したかった内容とは少し違う。ダフタウンに到着する頃には空は灰色に覆われていたが、幸いにも雨は降っていなかった。私たちはこの午後のホスト、ミシェル・マイロンに会いに向かう。

彼女が、2時間のウォーキングツアーのガイドを務めてくれる。このツアーでは、野草採集や地元の伝承、蒸溜所の歴史をたどりながら、道中でいくつかのSMWSウイスキーのテイスティングも楽しめる予定だ。彼女の専門知識こそ、私たちがここに来た理由である。

「子どものころは、よく外で過ごしていました。季節の移り変わりや、草花や動物たちの変化を見るのが大好きでした。」とミシェル。「ベリーは昔から摘んでいましたが、キノコやハーブについては、年上の家族の友人が教えてくれたんです。」

ダフタウン時計塔

アンバサダーのトニーが、メンバーに一杯のウイスキーを振る舞う。

地元で育ったにもかかわらず、少しのあいだこの土地を離れてみて初めて、その特別さに気づいたのだという。その結果、生まれたのが彼女のビジネス「スペイサイド・ツアーズ」だ。ミシェルさんがこのツアー会社を立ち上げたのは、13年前のことだった。

「ウイスキーは昔から私たちの生活の一部でした。家族の何人かはベンリネスやグレンロセス、グレンフィディックで働いていました。」とミシェルは語る。「数年間海外で暮らしていたのですが、そのとき初めて、スペイサイドがどれほど特別な場所かに気づいたんです。ウイスキーはこの地域の経済に深く根ざしていて、観光客を引きつける大きな魅力にもなっていますから。」

私たちはダフタウンの時計塔をスタート地点に出発した。イギリス各地はもちろん、ベルギーやスウェーデンからやって来た探検者たちのグループと一緒のツアーだ。まるで、この地域の秘密を探る冒険に出るかのような気分で、出発の瞬間には高まる期待感がはっきりと感じられる。最初の立ち寄り先は「オールド・ドクターズ・ハウス」だ。歴史の中での役割もさることながら、この建物にはウイスキーにまつわるもうひとつのつながりがある。設計したのは建築家のチャールズ・ドイグである。

ドイグは、「ドイグ・ベンチレーター」という、蒸溜所でよく見られるパゴダ(寺院)風の煙突を作り出したことで最もよく知られている。このベンチレーターは、近くのデイルエイン蒸溜所に最初に設置され、その後多くの蒸溜所に広まった。この家の建築にも、その曲線の特徴がわずかに見られるが、知らなければ気づかずに通り過ぎてしまうだろう。

植物、動物、そしてきのこ類

ミシェルの拠点に着くと、地元で採れたキノコと野生のニンニクの温かいスープで迎えてくれた。ちょうどいいタイミングで、ミシェルがキノコやベリー、野草など、自然の中で食べられる植物を採る“フォレージング”の世界を紹介してくれることになった。彼女はこう話してくれた。「このあたりには蒸溜所がたくさんあって、そういう場所って、実は足元にフォレージングできるものがたくさんあるんです。ある蒸溜所ではセップ茸が見つかるし、スローベリーが採れるところもある。ソレルがたくさんある場所もあるんですよ。」出かける前に、彼女が新たに始めたサイドプロジェクトのひとつ、ほんの1か月ほど熟成させたアップルスピリッツをひと口いただく。アルコール度数は約60%とかなり強めだが、風味豊かでとても美味しい。

彼女はさらにこう付け加える。「ある蒸溜所に行ったとき、庭にたくさんのリンゴが落ちているのに気づきました。それを見て、『これはもったいない』と思って、小さなアップルブランデーの蒸溜所――『Speyside Aypple』を始めるきっかけになったのです。」

そこからさらに歩みを進めながら、地元のランドマークや、季節ごとに姿を変える植物たちの「場づくり」について教えてもらう。たとえば、野生のニンニクのように使えるスリー・コーナード・リークや、年の初めに樹液を採取できるシルバーバーチなどがある。

チャービルを摘むアンバサダーのトニー。

フォレージングで集めたキノコと野生のニンニクを使ったスープ

ただし、ミシェルは「水分補給のためにそのまま飲むよりは、ワインづくりに使うのがおすすめです。」と言う。彼女は試飲用に少しだけ採取したシラカバの樹液を出してくれた。ほんのり甘く、わずかにとろみのある口当たり――これから味わうウイスキーの、ちょっとした口直しになるかもしれない。

小道を登っていくと、次の目的地はもうすぐそこ。耳を澄ますと、さまざまな鳥たちのさえずりが響き合い、ふと周囲の木々に目を奪われる。どれも背が高く元気で、幹は黒くすすけたように見える。その理由をミシェルが教えてくれた――これは バウドイニア・コンプニアセンシス(baudoinia compniacensis)というウイスキー由来の菌で、木や建物を覆い、樽の熟成過程で蒸発するエタノールを栄養源にしているのだという。

「ほとんどの蒸溜所の近くで見つかります。でもね、樽を保管しているところじゃないと育たないんです。」と彼女は補足する。

「たくさんフォレージングをすればするほど、見分けられるものが増えていきます。」と言いながら、ミシェルはガーリックマスタードとチャービルを指し示し、これから数週間でエルダーフラワーがどこに咲くかも教えてくれた。

ただ、野生の植物を見分けるときは注意が必要だと彼女は強調する。チャービルは毒性の強いヘムロック(毒セリ)と間違いやすいから、しっかり見極めることが大切です、と。

それでも、熱心なフォレジャーに対してミシェルが一番に伝えたいのは「怖がらないで!」ということだ。

「今は地域ごとに分かれたオンラインのフォレージング・グループもたくさんあって、写真を投稿すれば誰かが教えてくれるから頼りになります。ただ、植物やキノコを判別すると謳うアプリは、当たり外れがあるのも事実。結局のところ、たくさん自分で歩いて、見て、試すほど上達するのですから!」と彼女は続けた。

メンバーもそうでない方も、スペイサイドの中心地で、32年熟成のシェリー樽熟成ウイスキーを味いながらひとときを楽しんでいる。

スペイサイドでひと味違った旅をするウイスキー愛好家たち

SMWSウイスキー、最初の一杯はCask No. 91.32: 『Refill thrill』

『Wandering Alchemy』

Cask No.1.292: 『Rhythms of the soul』

Cask No. 76.150: 『Glory be to the patisserie』

WHISKY WANDERERS

今は閉鎖されたピティヴァイク蒸溜所では、参加メンバーの一人が建設に携わっていたと話してくれて、まさに魔法のような瞬間に出会った。なんという偶然だろう。

そして私たちはダフタウン蒸溜所へと向かう。今は静かな季節で、鳥のさえずりも遠くに聞こえる中、私たちはCask No. 91.32:『Refill thrill』に注目する。これはセカンドフィルのバーボン樽で12年熟成されている。SMWSをまだよく知らない人にとっても、滑らかでクリーミー、そして豊かな味わいが楽しめる、素晴らしい入門編となる一本だ。しかも、非常に特別な場所で味わえるのも魅力だ!

ほどなくして再びトレイルを歩き、グレンフィディックを創業したウィリアム・グラントの旧邸、グラント氏の家の前を通りかかる。ここでは二重のご褒美が待っていた。Cask No.1.292: 『Rhythms of the soul』を一杯楽しみ、温かくとろけるスティッキー・トフィー・プディングを味わうのだ。

さらに、モートラック蒸溜所の元マネージャー、ジョン・コノンが引退後に蒸溜所からこの家を購入したという話も聞く。その話に耳を傾けながら、彼のお気に入りの蒸溜所のウイスキーをゆっくり味わった。このひとときは、歴史とウイスキーの味わいが交差し、スペイサイドの風景が小さなエピソードで鮮やかに蘇る時間だった。

モートラックで、自家製ショートブレッドとともに一杯のウイスキーを楽しむひととき。

ミシェルが植物を正しく見分けることの大切さについて語る。

さらなるご褒美を楽しみに、かつての蒸溜所のサッカーグラウンド跡を通り過ぎる。今は地元のポニーたちがのんびり過ごす場所だ。私たちは次の蒸溜所へ向かう。ダフトタウンの“獣”と呼ばれ、ワームタブ・コンデンサーで有名な唯一無二のモートラックだ。ここではCask No.76.150:『Glory be to the patisserie』をミシェルのお母さん直伝のショートブレッドと合わせて味わう。バターたっぷりのビスケットが、この美しい32年熟成のシェリー樽ウイスキーにぴったりの贅沢なお供になる。

名残惜しいが、拠点へ戻る時間がやってきた。ただ、その前に最後の一杯として、世界的なフェスティバルリリース『Wandering Alchemy(ワンダリング・アルケミー)』を。

この最後の一杯は型破りな一品だ。スモールバッチのブレンデッドモルトで、スコッチウイスキーの五大産地すべての原酒が使われている。その懐かしいブレンドの個性でテイスティングパネルを驚かせた、印象深い一本でもある。

冒険を祝して乾杯しながら、この地域の素晴らしいモルトの遺産を新たな形で称えるにふさわしい瞬間だと感じる。人があまり歩かない道を探り、定番から一歩外れた旅を楽しむように。

スペイサイド・ツアーの詳細は、こらちからご覧ください。http://www.speysidetours.co.uk/

モートラック蒸溜所へ向かう途中