1960年代の蒸溜

スイートスポットを求めて

1960年代のウイスキーはしばしば、その特性やフレーバー(味と香り)の深みという観点で頂点に達したと称賛されます。SMWSアンバサダーのリー・(コナス)・コナーが、この1960年代の酒がなぜ格別だったのか、その再現がはたして可能かを解明します。

1960年代は、新消費者運動の勃興、過激な反体制文化の出現、社会運動の波、人類の月面着陸など、色々な意味で思い出の深い時代です。

それがすべてテレビという画期的な技術革新のマジックによって、人々のお茶の間に流れました。

しかし多くのウイスキー愛飲家にとって、1960年代が想起させるのは、蒸溜の歴史における「スイートスポット」であり、伝統的製法が科学的分析の受容や採用と見事に調和した(しかしウイスキー生産が画一化され過ぎる以前の)一時代です。 そのため、この時代の種々のウイスキーに対する関心は極めて高く、一部の新規蒸溜所にとって「1960年代スタイル」の酒の追及が大きなモチベーションになっています。では、その「スイートスポット」とはどんなもので、1960年代の精神を再現したいとのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。

Pictured: Jonny McMillan

「昔ながらのウイスキーの特徴は、樽木よりは蒸溜液が主にもたらしていると思います。」

とザ・ウイスキー・ショウ・オールド・アンド・レアの共同創始者でベリーブラザーズ&ラッドの蒸溜酒担当マネージャー補佐のジョニー・マクミランは語ります。

「私が思い浮かべるのは、1960年代の蒸溜液によくある、あの極めて甘美でトロピカルな味わいです。より長い発酵時間をかけ、より低い歩留まりの大麦とイースト菌を使用する昔ながらの製法は蒸溜液の深みを増し、それがシンプルな再使用樽の中でこの上なく映えるのです。興味のために言えば、熟成樽材仕上げの最近の傾向は現代的な酒類製造法に由来していて、それがウイスキーの画一化をもたらしているということです。」

ジョニーは、1960年代の蒸溜事業者には今日の製造で見られる厳格な「樽材ポリシー」を維持することの重要性に対する認識や、今日では広く利用可能である樽が熟成に及ぼす影響についての樽材の科学や分析が不足していたことが、蒸溜液由来のフレーバーを生んだ可能性があると考えています。

小さな一歩と偉大な飛躍

製造のこの歴史的スイートスポットに、科学と分析の受容が幾ばくかの影響を及ぼしたと言えるかもしれません。アルフレッド・バーナードは、1889-1891年発刊の4巻にわたる「The Noted Breweries of Great Britain and Ireland」で個別の研究所もしくは分析機器に57回言及しています。しかしながらバイブル化した彼の著作「The Whisky Distilleries of the United Kingdom」にはそういう記述が全く見当たりません。 スコットランドの蒸溜所の併設研究所についての最初の記録は、1920年代のキャンベルタウンのヘーゼルバーン蒸溜所に関するもので、このことからも、技術の受け入れという面でウイスキーの蒸溜は時代の流れに後れを取っていたと考えても差し支えないと思われます。しかし、科学者の配置が当たり前になった1960年代には、通気式製麦(pneumatic malting)の分野で格段の進展があり、イースト菌株や大麦品種の研究も大成功していました。業界内のフレーバーの多様性を維持しつつ、最高品質を達成するための、学術研究と伝統的手法のバランスがここで実現したと言っても過言ではありません。

Pictured: Phil and Simon Thompson

「土着の乳酸菌や、業界で使用される各種のイースト菌株が大麦に作用するポテンシャルなど、ウイスキー製造工程の要素に対する確立された知識が当時はまだ不足していました」

とドーノッホ蒸溜所の蒸溜長のサイモン・トンプソンは証言します。

「今では、それらがウイスキーの最終的なフレーバーに大きな影響を及ぼし、私に言わせれば、より多様で深みのある最終製品を生み出していることがわかってきています。

これは、新しい積極的化学分析へのシフトが、各蒸溜所固有の確立された生産技法と、当然ながら人的分析に依存していた当時の品質維持と合体したことによって生まれたものです。蒸溜所でかつて行われていた「試飲(dramming)」が廃止された影響も過小評価してはならないと思います。こういう見方もできます。昔の品質管理は内部にありました。社員が新酒を試飲していれば、当然社員は品質が落ちた場合に見逃さないはずです」。

欲しいものがいつも手に入るわけではない

では何が起きたのでしょうか。1960年代に生産された蒸溜酒を回顧しても、現実問題として、製品品質のばらつきを許容していては、いかなる業界でも長期的基盤を確立するのは困難です。消費者の権利や最低品質に対する要求の高まりは、必然的に、フレーバーや歩留まりの大幅なばらつきから脱却し、より均一化された手法の採用をもたらしました。 そして、それが功を奏しました。スコッチの今日の成功は、間違いなく1960年代以降に各蒸溜所が「科学的手法」を活用して、より安定した品質の商品を生産するようになったことに負っています。業界はスコッチウイスキー研究所( Scotch Whisky Research Institute)や醸造・蒸溜研究所(Institute of Brewing and Distilling)に資金助成を行っています。これら組織は、当初は製造の全工程の改良を目指していましたが、その後は全世界向けの生産数量拡大に目標を転じています。 商業的意識を持つ者にとっては、国際的な成功度合いが高まるなら、より均質化された生産手法は小さな代償です。 1960年代品に対するノスタルジアは少し「行き過ぎ」ではないでしょうか。 「年代物の酒を崇拝するリスクはありますね」とジョニーは答えます。「特にアルコール度数の低いボトルでは、液体レベルが減り、当初の酒が劣化している場合など、失望させられる場合もあります。ただ、保存状況の良好な酒の場合、古式の酒は必ずと言っていいほど、現代のウイスキーには完全に欠落している、フレーバーの全スペクトル という特性を持っています」

Pictured: analysis underway at the Scotch Whisky Research Institute

Pictured: Glen Garioch’s direct-fired stills

次は何か?

奇妙なことに、科学分野の発展は、ウイスキー製造を担う人々の知識向上のみでなく、熱心な顧客層の教育にも寄与しました。それによって、知識のある消費者が、蒸溜プロセスやそれが最終のウイスキーにどのような影響を及ぼし得るかを熟知している、いわば「ウイスキーへの造詣の時代」をもたらしました。 これに合わせて、一部の醸造所は、昔の技法を意識的に復活させています。キルホーマンによる蒸溜所内での一部フロアー・モルティング復活、ブルックラディの他大麦品種へのフォーカスや、グレンギリーの直火蒸溜を含む新規拡張などが思い浮かびます。 技術革新がウイスキーの特性に及ぼした影響にまで踏み込んだ学術研究も登場しています。では、家の棚に古式ウイスキーが並ぶ時代が到来しようとしているのでしょうか。サイモン・トムソンは、そうなればいいと願う一方で、それがいかに大変かへの注意を促します。

「この60年で多くのことを学んだし、もちろんやりたいですが、1960年代の酒が造られたと同じ条件を解明したり再現したりすることはできないと思います」

と彼は言います。「例えば1960年代には、(蒸溜所で使用する)使用済み醸造イースト菌が制御されない環境下で広範に使用・輸送されたことがわかっており、それに要した時間も不明です。おそらく、蒸溜所に届けられるまでに何度も変質したと思われます。その化学プロセスだけで、フレーバーの先駆物質が生まれていた可能性も高いですが、イースト菌が辿った温度変化と輸送を再現することはおよそ考えられません。 「フレーバー創出の前段階として、異なるイースト菌やより長時間の発酵を積極的に実験しています。この実験の結果、蒸溜の成分抽出をより精密にモニターする必要があることがわかりました。分留工程ですべてのバッチで同時点に中溜部分(ハート)が現れるようにする手立てはなく、すべての生産バッチには固有の特性があります。 「さらに、古い大麦変種は見つけるのが困難か、すでに絶滅しているということも困難さを加えています。クラフティ・モルト・スターズ社の協力で、1920年代以降失われていたスコットランドの大麦2品種の復活に成功したのは幸運でした。これも容易なことではなく、ウイスキーを作れるだけの分量ができるまで、文字どおり植えては刈り取り、また植えては刈り取りを続けました。お金も時間もかかるプロセスですが、これで面白いユニークなシングルモルトができればと期待しています」

Pictured: floor malting at Kilchoman, Islay

バック・トゥ・ザ・フューチャー

ウイスキーに関する美しさの一つは待つことです。常に待たないといけません。早まっても、急がせてもいけません。変化は徐々にしか起きませんし、全然起きない場合もあります。ウイスキー革命の幕開けなのか、単なる空振りに終わるのか知る由もありません。 ただスコッチウイスキーの領域で、さらなるフレーバーの探求余地についての認識が広がっていることは確実です。小規模の独立蒸溜所が僅かでも成功することがあるのなら、業界の大手も深い関心を寄せないとはおよそ考えられません。

参考文献:

Brewers and Distillers by Profession: Raymond Gale Anderson

Whisky Science: A Condensed Distillation: Gregory H Miller

The influence of malt and wort processing on spirit character: the lost styles of Scotch malt whisky: George N Bathgate