知識

製麦の魔法

これまでも、Unfiltered誌と一緒に、水、イースト菌と大麦麦芽のトリオが、将来熟成してスコッチウイスキーになる新原酒に変化をとげる化学反応を蒸溜所で見学することはよくありました。しかしこれと製麦棟に入るのとは大違いです。華やかなビジターセンター、販売資料や派手なギフトショップはお忘れください。タータンをまとったツアーガイドや、製造工程の各ステージを解説した説明図も期待しないでください。代わりに、最も強固なブーツ、高視認性安全服とヘルメットを着用してください。リチャード・ゴスランがレポートするとおり、ここはビクトリア時代の栄光輝く工場サイトであり、ウイスキーの物語が始まる場所なのです。

PHOTOS: PETER SANDGROUND

Alloaの町にあるクリスプ・モルティングの製麦棟は、町とその一帯がスコットランドのビール醸造所の集積地であった1890年から、当初はジョージ・ヤンガーのビール工場の一部として稼働してきています。ウイスキー・ビールの歴史家アルフレッド・バーナードが訪問した1891年(偉大な建築物であるフォース橋が完成し、エディンバラからの鉄道の旅をそれだけ容易になった翌年)当時、この小さい町には8軒の醸造所がありました。「Alloaは本質的に醸造の町で、有史以来ビールで有名だ」とバーナードはその著書< The Noted Breweries of Great Britain and Ireland >で記してます。 しかしながら、ジョージ・ヤンガーのビール工場は解体されて駐車場となり、もはやAlloaは醸造の町ではなくなっています。ただ、瓶詰工場は今も健在で、ウイリアムズ・ブラザーズの醸造所・本社となっています。ウィリアムズ・ブラザーズは今やスコットランドの独立ビール会社の最大手の1社で、100年前ほどではないにせよ、Alloaのビール醸造の伝統を誇りを持って守っています。 製麦棟は時代につれ、ジョージ・ヤンガーからバス、テネント、さらには2003年のクリスプ・モルティングによる買収と、何度か所有者が変わってきました。入口の表札はくるくる変わってきたでしょうが、この堂々としたビクトリア時代のレンガ壁の内側で行われていることは、130年前のバーナード訪問当時からそれほど変わっていないようです。大麦を製麦するプロセスの3つの主要ステージ、水に浸す(steeping), 発芽(germination), 乾燥(kilning)がここで実施されます。

製麦棟では、シングルモルト蒸溜用のポットスチル・モルトと、グレーンウイスキー生産用の強糖化酵素(ハイ・ダイアスティック・パワー(HDP))モルト(アメリカでは「ディスティラーズ・モルト」と称されます)の両者を生産しています。モルトはここからスコットランド中の蒸溜所にバルク輸送されるか、あるいはクリスプ・モルティングの近接した(よりモダンな)包装工場に移され、さらにそこから、25キロまたは1トン袋で世界中の醸造・蒸溜所に出荷されます。 ガイドしていただいたクリスプ・モルティング社の販売マネージャーのコリン・ジョンストーンによれば、ここで製麦される大麦は今では全量スコットランド産とのこと。この製麦棟がオープンした当初とは様変わりです。 「100年前、この製麦棟では、品質が悪すぎる地元の大麦は使用していなかったはずです」と彼は言います。「スコットランド産の大麦の評判は良くありませんでした。ここの気候に適した品種がなかったためです。地元醸造所の記録からは、カリフォルニア、エジプトや色々なところから大麦を輸入していたようです。 1960年代半ば以降は、ゴールデン・プロミス種の登場等で、スコットランドの気候でも栽培可能な品種が利用可能になりました。以後、事態はさらに改善され、今では、この地の比較的短い農期にまさにうってつけの、素晴らしい春麦品種が揃いました。今やスコットランドは、素晴らしいモルト用大麦の強力な産地になっていて、Alloaで必要な穀類をすべてスコットランドのサプライチェーンから調達できています。

Colin Johnstone, Crisp Malt’s sales manager

差別化のポイント

ポットスチルとHDPグレーンウイスキー生産のいずれの用途の大麦品種も、今や主としてモーレイ以東から南のアバディーンシャーを経てファイフまでのスコットランド地域で内産されています。 ポットスチル製法に最適な大麦は、主として軽い砂質土で栽培され、窒素とタンパク質の含有度が低くなっています。澱粉含有量が高く、高アルコール度のシングルモルトウイスキー製造に最適です。スコットランド産大麦の80%はローリエイトという単一品種が占めています。 HDP用の大麦の事情は異なっています。グレーンウイスキー生産でHDPを添加するのは、小麦、コメやトウモロコシのような高澱粉質の穀類を糖に変えるためです。そのため、HDP用の大麦には糖化を促進する酵素が豊富なことが求められます。クリスプ・モルティングでは、重い土壌で育ち窒素とタンパク質の含有率の高いフェアリング種を使用しています。

大手ブランドがモルトの均質を重視する一方、小規模や新興の一部蒸溜所にとっては、大麦の品種が差別化要因をもたらし得るとコリンは言います。 「差別化をモルトの選定に求める傾向がますます顕著になっています。それにはいくつかのアプローチがあり得ます。たとえば一つは大麦の素性です。醸造所は単にスコットランドのモルトを求めるのではなく、特定の地域、ひいては特定の農場の大麦を求めるケースがあります。つまり単一農場からの大麦調達です。もちろんそれには毎年の生産数量の変動を伴いますが、一方で蒸溜所や消費者の関心が特に高い、産地特性をアピールできるからです。 1820年代のプルメージ・アーチャー、マリス・オッターやシェバリエといった伝統品種の復活など、蒸溜所は他の大麦品種の研究も進めています。さらに特殊モルト、例えばクリスタルモルトや焙煎モルトに対する需要もあります。 コリンは言います。「クリスタルモルトは新酒に多様なカラメルのフレーバーを与えます。また、チョコレート、ブラック、ブラウンやアンバーの焙煎モルトは新酒に、ほとんどコーヒーのような焙煎された味わいを付加します。面白いのは、100年前のキルン乾燥技術を考えると、今ほど制御されていなかったので、蒸溜所でのモルト生産で時折バッチを焦がすことも間違いなくあったと思われることです。そういう焙煎モルトがキルンのそこここにあったはずで、それがウイスキーの特性にも影響したと考えられます。ある意味では、特殊モルトを使用して、古いスタイルのウイスキーのフレーバーを再現しているとも言えます。

昔ながらのプロセス 品種の多様化を求められる点は変わっているかもしれませんが、製麦棟自体は昔ながらの製造プロセスが根付いているように感じられます。大麦は倉庫から取り出され、発芽に最適な水分含有率46%前後になるまで、大型の容器に3回水に浸します(steeping)。 1890年代と今日のAlloaの製麦の大きな違いは、フロアー・モルティングを打ち切って、発芽用のサラディンボックス使用に切り替えたことです。発芽した大麦は、それを発明したフランス人発明家シャルル・サラディンの名前を冠した長箱に移され、クロスバーが箱の長辺方向に沿って通過するたびにオーガーでひっくり返されます。発芽プロセス(germination)によって大麦の細胞壁とタンパク質が破壊され、澱粉が解放されるとともに酵素が生産されます。大麦をひっくり返すことで、大麦の細い根が絡まったりマット状になるのを防ぎます。

次にはこの場所で最大2日、場合によってはもっと長く、乾燥され(kilning)、発芽を止めさせます。異なる温度と送風のプログラムで穀類を保護し、望む色とフレーバーを生み出します。モーレイのポートゴードンにあるクリスプ・モルティングの製麦棟では、フェノールレベル15パーツ・パー・ミリオン(ppm)のライトピートから50ppm超のヘビーピートまでの求める「スモーキーさ」度合を得るために、水を含んだ大麦にピート煙を通してピートモルトを生産しています。

「100年ほど前を振り返ってみると、蒸溜所のために生産していた麦芽製造所では、あちこちで加熱しすぎていたかもしれません。このような特殊なモルトを使うことで、古いスタイルのウイスキーの風味を蘇らせることができるのです」

Colin Johnstone

Barley is steeped in huge vessels with up to three immersions of water, to hydrate the grains to the optimum moisture level

サラディンボックスで発芽させると、大麦の細胞壁とタンパク質が分解され、デンプンが放出され、酵素が生成されます。

大麦は次に製麦棟または蒸溜所のミルで粉砕されてから、発酵と蒸溜を行う準備が整った高糖分の麦汁を作る次の工程に備えます。 「化学や、実際の製麦プロセスでの麦芽製造者の大麦との付き合い方はあまり変わっていません」とコリンは語ります。 「大麦の発芽プロセスの過程で計測できるものは僅かです。それは外観や触感に加えて味や匂いです。今はコンピューターがあって、それが物を移動させ、ポンプを動かすなどありとあらゆることを行うので、生産工程に携わる人の数は減りました。ですが製造原理は昔のままです。製麦は多分文明における最古のバイオテック技術なのだと思います。」

ですが製造原理は昔のままです。製麦は多分文明における最古のバイオテック技術なのだと思います。

Colin Johnstone

The processes at Crisp Malts are little changed in the past 100 years

コリンの発言から、大麦の発芽促進プロセスを発見した科学者ジェフ・パーマー卿が2021年8月の<Unfiltered誌> 第60号で、この貧弱な穀物について私たちに語ったことを思い出しました。 ロバート・バーンズのバラード <ジョン・バーレイコーン>についてジェフ・パーマー卿は「詩全体が大麦の収穫についてで、それはまるで大麦を抹殺するかのようです。それから、引っ張り込んで、溺れさせます。発芽したら叩いて、ひっくり返します。次に火に投げ入れます。それにもかかわらず、相手はスコッチウイスキーになって勝利します。それが詩の意味するところです。一見大したものに見えない相手を阻止し、打ち破ったところ、それが何か輝かしいものを作り出すということです。」 ということは、我々は、製麦のプロセスを崇敬し、また永遠の感謝の意を表するべきということです。そして、そのすべてが繰り広げられる場所を訪れる機会に恵まれたなら、それを取り逃さないようお勧めします。