ウイスキーの歴史

ヒップフラスコはウイスキーの友

ブタの膀胱から錫まで、ヒップフラスコはつつましくも、遠い昔から酒を愛する者たちにとって重要な役割を果たしてきた、とギャビン・D・スミスは言う。

MAIN PHOTO: PETER SANDGROUND

お酒をたしなむ一定の年齢(そう、私のような老いぼれのことだ)の男性なら、いくつかヒップフラスコを持っているものだ。それに、多くの若者も1つは持っているだろう。ヒップフラスコは卒業や成人、記念日のお祝いとして、カフスボタンや錫の大型ジョッキの代わりに親戚や職場の同僚からもらうことが多い。

しかし、ヒップフラスコは衣装棚やキッチンの食器棚にしまっておくようなものではない。取り出して、持ち歩こうではないか!

ヒップフラスコの歴史は、少なくとも石器時代にさかのぼる。当時は動物の皮が使われていた。洗練されたローマ人はガラス製のヒップフラスコを愛用した。中世の時代には、フルーツをくり抜いて使う方法が編み出され、後にはブタの膀胱が使われた。

上: ローマ時代のテラコッタ グラディエーター フラスコ

現代の私たちになじみ深いヒップフラスコが生まれたのは18世紀のことで、持ち主の社会的地位に応じて錫、ガラスあるいは銀が使われた。今では定番となっている円形の器も同じ頃に定着した。

ポケットやウエストバンドに入れた際に持ち主の体形の曲線にぴったり合うようにこの形が採用された。心地良さだけではない。携帯しているアルコールが非合法の場合に見つかりにくいという利点もあった。

この利点は、1920年~1933年にかけてのアメリカの禁酒法時代に真価を発揮し、アメリカ政府はヒップフラスコの販売まで禁止するほどだった。何せ、禁酒法が施行されるまでの半年間で、それまでの10年間の合計以上のヒップフラスコが売れたからだ!

当時はカクテルの黄金時代だったが、アメリカではカクテルシェイカーの販売も禁止された。そのため、3つの仕切りを設けたヒップフラスコも作られていた。1つはジン、もう1つはスイートベルモット、残る1つはドライベルモット用だ。

禁酒法時代に生まれ、それからずっと定着している2つの言葉がある。1つは法に背いてヒップフラスコを携行していた人間を指す「ヒップスター」という言葉だ。もう1つは「ブートレガー」で、多くの男女がブーツの上部にヒップフラスコを隠していたことから生まれた。この言葉は、アメリカで「酒の密輸」と同義語となり、のちには「“ブートレグ”の音楽アルバム発売」というように違法行為との関連で使われるようになった。

上: 禁酒法時代のブートレガー

ヒップフラスコに何を入れるべきか。答えは、「そこに合うお酒なら何でもいい」だが、ビールとワインはそこに含まれない。もっとも、一番好まれるのはスコッチでもアイリッシュでもアメリカンでも ウイスキーだろう。サイズで言うと、キーリングにも付けられる1~1.5液量オンスのシングルショット分から、比較的スタンダードの8液量オンス(ほぼ230ミリリットル)まで多岐にわたる。あるオンラインショップでは67液量オンス(1.9リットル)という途方もなく大きいヒップフラスコを販売している。もっとも、それだけ大量に入るということは、隠すという要素は間違いなくなくなってしまうだろうが。

ほとんどのヒップフラスコは口が狭い(67液量オンスのものはおそらく違うだろうが)ため、ウイスキーの香りが分かりにくく、フレーバーも風味もはっきりしない。従って、よりはっきりした特徴を持つウイスキーの方がヒップフラスコ向きかもしれない。

ここで、あの比類なきチャーリー・マクリーンが語った興味深い逸話を紹介しよう。90年代初め、シーラ・バートルズ(2022年3/4月号の『Unfiltered』参照)と官能評価トレーニングを受けていた時、チャーリーは彼女をエディンバラのアーツクラブでのランチに招待した。

そこで彼は、古くからの知り合いで引退した元判事の(ジョク)・キャメロン卿を彼女に紹介した。1900年生まれのキャメロン卿はウイスキーの話題が出た時、自分の父親は泥臭いアイラウイスキーを家では飲まなかったと断言した。「誤解しないでほしい」と彼は言った。「貯蔵室には置いてあったんだ。だが、客間ではなく外でヒップフラスコから飲むウイスキーだと思っていたんだよ」

確かに、SMWS蒸留所コード29、33あるいは129で生まれたシングルモルトは大きな満足感を与えてくれる。山頂への到達を祝う時、お気に入りの馬が障害競走レースの最後のフェンスでつまずいた後に自分を慰める時、あるいは森の中で犬を散歩させていて肌寒さを覚えた時にぴったりだ。そして、言い訳が必要だったら、いつでも犬を借りればいいだろう。

ナチュラリストでテレビ司会者のニック・ベイカーは、ソサエティのヒップフラスク・ドラムを楽しんでいます