知識
たったの1滴で
1滴の水がウイスキーのフレーバーに与える影響とは? 科学的な観点からは、実際のところそれほど多くが分かっているわけではない。
そこで大学院研究生のサリー・マガリーがスコッチウイスキー研究所(SWRI) と共同で研究した。 彼女が必要としたのはヨーロッパ中にいるSMWSアンバサダーのうち数人の助けだった…
文:サリー・マクガリー 写真:マイク・ウィルキンソン
これまで多くの人々が分子レベルでウイスキーに含まれているものを知るために化学分析を行った。その結果、ウイスキーには多数のフレーバーに関係する化合物が含まれていて、ウイスキーの製造過程の様々な段階で生まれてきたことが分かっている
しかしフレーバーは心理学的な概念で、遺伝子と関係しており、人間の知覚により変化する。
そこで私たちがウイスキーのフレーバーをどう感じているのか現実的なデータを収集するために官能分析がよく行われる。 SWRIもウイスキーのフレーバー分析の理解を助け、人々にトレーニングするため、スコッチウイスキー・フレーバーホイールを作った。
昔から蒸溜所にはマスターブレンダーがいた。その鼻と舌は雇い主である蒸溜所のために磨き上げられており、販売するボトルはブレンダーの胸三寸にかかっていた。
職業的アプローチ
現在は、効果的に舌を使い、鍵となるフレーバーのマーカーを知覚する方法を訓練できるので、ブレンダーのチームを結成し、各々が異なる能力を発揮して協議するのがより一般的になってきた。
ブレンディングチームは、往々にして何百という試験用サンプルと向き合う。アルコールは刺激が強く、鼻と舌を圧倒するし、何杯か飲んだあとは一貫性や明瞭性も失われがちなのは言うまでもない。 従ってプロが評価する時はアルコール度数を約20%に薄めて行われ、サンプルは味見するというより鼻で嗅ぐ。
人間が感じるフレーバーの大部分は嗅覚で説明がつくし、この方法で多くのニュアンスに気づける。 味覚はもっと複雑な問題で、酒類のサンプルには特にそれが当てはまる。 味蕾は様々なフレーバーの化合物に気づくが、エタノールは三叉神経を刺激する。三叉神経は火傷のような身体的感覚を検出する役割を果たしている。
選んだサンプルはソサエティのバーボンカスクで熟成したザ・ビーチコマー、シェリーカスクで熟成した大渦、ピートの香りのする大麦麦芽のピートフェアリー。いずれも少量生産のウイスキーであり、同じアルコール度数50度でボトリングされたものを20度に希釈した。
写真で見る 実験の準備をするSally MacGarryさん
ちょっとしたギブアンドテイク
希釈理論とは、ウイスキーに水を1滴加えると、エタノールのきつい影響の一部が鈍くなり、フレーバーの豊かな芳香が解放されるというものだ。
アロマの解放は溶解度と関係している。溶液の溶解度を上げると、すぐに液体中に分散するので、空気中に放たれてアロマを発しにくくなる。 フレーバーに関係するウイスキーの化合物の多くはエタノールに溶けやすい。
水を加えるとその溶解度が低くなり、アロマがより多く空気中に放たれるので、フレーバーに気づきやすくなる。 しかし、ウイスキーは分子レベルで違う動きをする多数の様々な化合物でできており、水は可溶化剤としての役割も果たしている。 そのバランスを崩すことで、フレーバーの一部が解放されるかもしれないが、一方でフレーバーの別な側面の解放を妨げているかもしれない。
上:SMWSのアンバサダーは大変だ...。
上: SMWSアンバサダーが希釈について意見を述べる。
希釈テスト
今年の始め、私たちはザ・ヴォルツを訪れたSWRI 官能パネル(専門家)およびヨーロッパ中の44名のSMWSアンバサダー(プロフェッショナル)と一緒に実験を行う機会を得た。
私たちはウイスキーの希釈による味とアロマへの影響について見てみたかった。 選んだサンプルはソサエティのバーボンカスクで熟成したザ・ビーチコマー、シェリーカスクで熟成した大渦、ピートの香りのする大麦麦芽のピートフェアリー。いずれも少量生産のウイスキーであり、同じアルコール度数50度でボトリングされたものを20度に希釈した。
そして、瓶詰め製品であることに関係しているフレーバーの特徴の一部を選び、知覚されるアロマとテイストの強度を計測した。
フレーバーのカテゴリは...
バーボン
ザ・ビーチコマー:
フルーティ、オイリー、ナッツの風味、スパイシー
シェリー
大渦: フルーティ、ナッツの風味、スパイシー、肉っぽい
ピーテッド
ピートフェアリー:
ピートの匂い、スモーキー、薬っぽい、シリアル
結果
プロフェッショナルは希釈したウイスキーの香りを原酒よりも強く感じない傾向がありましたが、専門家はその逆を示しました。 ピート フェアリーの場合、専門家はピートに関連するすべての属性 (ピート、スモーキー、メディシナル) において希釈したウイスキーの香りがより強いと考えましたが、モルトに関連する属性 (穀物) ではそうではありませんでした。専門家は、原液のほうがすべての風味(ピート、スモーキー、メディシナル、シリアル)において強く感じられると考えました。このプロジェクトのために最近実施した調査の結果、ウイスキーに関連するさまざまな風味に対して希釈率が異なる影響を及ぼすことが判明しました。ピート香成分の一部は、アルコール度数20%の場合よりも40%の場合の方がよりはっきりせず、認識できる差のほとんどは味よりも香りであることがわかりました。
また、エタノールに対する感度を調べたところ、プロフェッショナルはエキスパートよりもエタノールに対する耐性が高いことが分かりました。プロフェッショナルの多くはカスクストレングスのウイスキーを常飲しているのに対し、エキスパートは散発的にしかウイスキーを摂取していません。そのため、原酒の燃焼効果はそれほど大きくなく、より多くのフレーバーを感じることができたのでしょう。
専門家の属性はかなり幅広いのに対して、プロフェッショナルは女性が16%、40歳未満が20%しかいない。 40歳以上の男性は、同じ条件の女性と比較して、アルコール度数の高い酒を好む性質と関連が高かった。
女性は男性に比べ、味覚の感度が高く、スーパーテイスターと呼ばれる傾向があります。エタノールの燃焼効果はアルコール度数が高いほど強く、他の味を隠してしまうため、一般的に女性が低アルコールの飲み物を好むのはこのためと考えられています。 一般消費者がどのような味を感じるかを理解するためには、スーパーテイスターのグループによる意見は代表的なものではありません。このように、人間の味覚は千差万別であることが、官能検査に多様な能力を持たせる理由の1つです。
明らかに1滴の水(というか今回は少量の水)はウイスキーの味に影響する。しかしどのフレーバーが最も影響を受けるという証拠は、まだ決定的ではなく、予測パターンも浮かんでいない。 今回は限られた期間での小規模な調査だったが、研究自体は最近拡大したので、近いうちにより興味深い意見が私たちのもとに届くのではないかと期待している。