
境界を越えて
ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティは、興味深く珍しいウイスキーを会員に提供するという使命のもと、さまざまなフレーバーや表現を追求する上で、カスクがいかに無限の機会を与えてくれるかを考えるようになった。このように境界を押し広げ、先入観を変えてきたソサエティの歴史について、ジュリアン・ウィレムズが詳しく解説する。
2016年、私はザ・ヴォルツとクイーンストリートの両方のバーで働いていた。私はすでに数年前から会員だったが、カウンターの逆側からウイスキーを味わったのはその頃が初めてだった。
テイスティング時にマイルドで退屈だという感想があったのも覚えている。当時はピートの毎月の供給元が蒸溜所3番、29番と多くの古い再使用樽やホグスヘッドだけだった。教訓は、物が手に入るうちに存分に楽しむこと、また多めに手に入った場合には将来用のストックとして蓄えておくことだ。いずれ、「よくぞここまで先を見越しておいたものだ」と自分に感心するときも来るだろう。
また、提供されるシングルカスクが同じ種類のカスクから作られすぎているという感想もあり、それも確かにその通りだった。彼らには思いも寄らなかったのかもしれないが、ウイスキーの常なる事実として、そうした部分の方向性を変えるには何年も(場合によっては何十年も)もかかる。物事をうまく進めようとすれば、時間がかかるのは避けられない。
2016年9月頃、HTMC(ヘビートースト、ミディアムチャーの略)の追加熟成ウイスキーのファーストバッチが、ソサエティの棚に並んだ。その評判は、控えめに言っても賛否両論だった。ソサエティの中でも探究心や好奇心が旺盛な会員は、この新たな体験を楽しくて味わい深いものだと感じ、従来の単調さを打破したソサエティを高く評価した。他方、ソサエティはチープな二流のウイスキーを作るようになってしまったと不満を述べる者もいた。しかし、時は前者の味方をした。2017年以降、追加熟成ウイスキーが最高賞を獲得し続けており、その中には非常に有名なスピリッツコンペティションも含まれているからだ。
すべてが始まった経緯はどのようなものだろうか?実験的なアプローチが定着したのはいつだろうか?この取り組みは、どんな影響のもとで行われたのか?主導したのは誰か?その先にあるものは何か?
もちろん、ソサエティのカスク実験は、過去10年間にわたるユアン・キャンベルとカイ・イヴァロの努力の賜物である。
カイのスピリッツチームに2013年4月に加わったユアンは、ソサエティのカスク実験の始まりについて次のように語っている。「2014年、ソサエティは、独立に向けた準備をしていました。当時私たちは、白ワイン用に使われていた樽(スペイサイドの樽工場の仕様に合わせてトースト)にニューメイクのスピリッツのバッチを充填していました。少し変わったことをやってみようと初めて思ったのがそのときでした。さまざまなフレーバープロファイルやその作り方について蒸溜所やウイスキーメーカーと話をする中で、多くのアイデアが生まれます。HTMCのカスクシリーズも、そうした当時のおしゃべりから誕生しました。

写真: ジュリアン(Julien)@ザ・ボルツ・バー
2017年には、フランスのセガン・モロー社の樽工場を訪問し、彼らのアプローチ、トーストのレベル、樽板の選び方などのあらゆることを学びました。」
ユアン・キャンベル

「2015年半ば頃には、最初のカスクのバッチを受け取りました。このスタイルのボトルは、2016年後半にリリースされました。私たちは、常に既成概念にとらわれない発想によって新しいフレーバーを生み出すことを目指しています。2017年には、フランスのセガン・モロー社の樽工場を訪問し、彼らのアプローチ、トーストのレベル、樽板の選び方などのあらゆることを学びました。」
この訪問をきっかけとして、さまざまなオーク材とその熱処理の仕方について、より深く研究するようになった。ソサエティが充填を行ったカスクは、すでに高い品質指標を示していた。ユアンはこう説明する。「2014年、私はすでに蒸溜所35番の1994年にトーストされたヴィンテージオーク樽のことを知っていました。そのウイスキーは、厚くて濃いテクスチャーと、タンノックのスノーボールやマシュマロのような退廃的とも言えるフレーバーが特徴でした。
「蒸溜所11番と15番の独自の実験的なウイスキーを何回か試飲した後、カイと私は、『ゼブラカスク』というコンセプトについて話し合いました。アメリカンオークとヨーロピアンオークの樽板を交互に並べてシマウマ柄を作るイメージです。実際にそのような樽を作ることはできないものの(いずれもオーク材なので、柄は全くありません)、アイデアの説明用としては良いイメージを考案できたと思います。
「アメリカンオークのソフトなバニラ、ココナッツ、バナナのフレーバーと、ヨーロピアンオークのタンニン、スパイス、ナッツのフレーバーを生かした樽を作ることができたのです。シェリー酒や酒精強化ワインの樽とも少し似ていますが、ひねりを加えて、よりオークの特徴を出しています。」

上: フランスのセガン・モロー醸造所
「新しいプロファイルを研究するときは、常にオープンマインドでいる必要がありますが、最終的にフレーバーを重視すべきなのは変わりません」とユアンは語る。
ラッセイ蒸溜所を訪問した後、チームはチンカピンオークの実験に取り掛かった。この蒸溜所のチンカピンオーク樽から作られたサンプルは実に印象的だったからだ。そのほかにも、コーカサスオークや、セガン・モロー社の樽工場から提供されたラクトンが多く含まれる厳選オークを使った実験も成功し、クレメンタイン・コンフィ(スモールバッチ12番)の開発につながった。製品開発はまだまだ続く。
時には、異なるボリュームのカスクを使用し、木材の活性のバランスを取ることもある。それがうまくいけば、忘れられない結果が生まれる場合もある。
ヘビートーストとミディアムチャーの処理を施した、新しいヨーロピアンオークのパンチョンを使用したカスクNo. 35.204:『リスの夢』リスの夢は、多くの会員を驚かせたことから、実験的なウイスキーの中でも特にユアンのお気に入りである。

上: SMWS メンバーのカルステン・キルシュナーが捉えたカスク No. 35.204:『リスの夢』

今後どのような実験を行っていくかについて、直接的かつ具体的な質問をしてみたところ、ユアンは最後にこう答えてくれた。「SMWSは、スコッチウイスキー研究所の会員なので、その実験から私たちが学ぶこともあります。私たちは常に境界を押し広げようとしています。そうする上で、私にとっての最善の方法は、まず追加熟成を行った後に、さまざまなスピリッツのスタイルを試してみることです。今までとは少し変わったことを試行してみたいのです。科学に従うのも良いでしょう。でも、最終的には自分の鼻に従うのがベストです!」
これは確かに、外交的な返事と言えるだろう。しかし、賢明な答えでもある。それが道理だとも思う。ウイスキー作りにおいては時間は常に大切な要素で、時には製造に何十年もかかる場合もある。情熱と好奇心を長く燃やし続けるためには、ほんの少しの謎は甘受すべきかもしれない。
「新しいプロファイルを研究するときは、常にオープンマインドでいる必要がありますが、最終的にフレーバーを重視すべきなのは変わりません」