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フレーバーが息づくところ

ピート

秋分を過ぎると、スコットランドのハイランド一帯に濃い霧が立ち込める。いよいよ本格的な秋の到来だ。秋風が小高い丘の斜面に佇む木々の梢から最初の葉を散らすと、それを合図といわんばかりにあらゆる樹木が紅葉しはじめる。金色や赤銅色など、ソサエティの蒸溜マネージャーのヒゲに負けないくらい鮮やかな色合いに染められた葉は、夏の終わりのキャンプファイアの残り火を想起させる。季節が夏から秋へと移ろうと、その火は小屋の火鉢へと移され、そこで静かに燃え続ける。夜になると、空気はひんやりと冷たくなる。たいていは濃い霧となって現れる湿り気を帯びた空気からは、落ち葉の香りが漂ってくる。それもそのはず、ヒースの茂みが赤褐色へと変わるにつれて、木々が葉を落としているのだ。火を囲みながら、ジュリアン・ウィレムズが語るソサエティのピーテッドウイスキーの物語の第2章に耳を傾けよう。ここでは、ピーテッドウイスキーの核心ともいうべきテーマに迫る。ピートはどのようにしてつくられるのか?ピートの種類がウイスキーのフレーバーの違いに与える影響とは?さて、その答えはいかに。

主な写真:マイク・ウィルキンソン、ピーター・サンドグラウンド

いまこそ、大地の物語とスコットランドの命のサイクル、そして長きにわたって忘れ去られた森林やヒースが生い茂る海岸沿いの湿原、そして水、土、火の物語を語るときが来た。水なしにピートづくりを語ることはできない。その理由は、ピートができる過程を知れば自ずと見えてくる。ピートとは、湿潤な寒冷地(少なくともスコットランドのピート湿地にしては、という意味で)の酸性の土壌で部分的に腐植した植物や有機物が堆積したものである。ピートは湿原や沼地をはじめ、水をたっぷり含む土壌でつくられる。こうした場所には水があっても酸素がないため、通常であれば堆肥やちりになるはずの枯れた植物は、部分的にしか腐植しない。植物が枯れると、その遺骸は何千年という歳月をかけて湿地に堆積する。何百万年も放置されたピートは、しかるべき条件のもとで石炭やタール、油といった燃料へと姿を変えることもある。だが、この話はこれくらいにしておこう。液状化した恐竜の遺骸を発掘しようとしているのではないのだから。こちらの方面に興味がある方は、私たちが少量限定で生産しているモルトウイスキー「Tar Pit」をぜひお試しいただきたい。

ピート沼の物語

まずは、次のような風景を想像してほしい。荒涼としたツンドラを取り囲む氷が溶け、冷たい風が音を立てて吹きすさぶ。岩に挟まれた巨大な氷河にひびが入る音だけがあたりに響いている。そこに、開拓者の最初の一群がやってくる。その人たちは、氷河がやっとの思いで海まで運ぶことができた重たい石を使って謎めいたモニュメントを築き上げた。それから時は流れ、豊穣と争いの時代、平和の時代、血と再生の時代が訪れる。太古の時代から存在するピート沼は、人類のありとあらゆる営みを見守り続けてきた。ヒースやスゲ、コケ類が茂っては枯れてゆくなか、その一部が土壌に取り込まれることも稀ではなかった。

さて、いよいよここからが本題だ。立地や歴史、気候の違いによって、ピート沼は多種多様な植物と生態系を擁する場所へと進化した。つまるところ、かつては太古の森だったハイランドから採掘されたピートと豊かなコケ類に覆われたアイラ島のピート、ヒースが生い茂るオークニーのピートはどれも違うのだ。それぞれの場所には独自の植物相がある。従って、ピートを構成している成分の割合も異なる。こうした違いは微々たるもののように思えるかもしれない。なにせ、ピートができるには何千年もの歳月が必要なのだから。きっとあなたはこう質問するだろう。「ピートとなった植物の特性は、何千年という歳月を経ても消え去らずに残るのだろうか?」と。

「これらのサンプルを比べてみると、リグニン(木質素)の種類と量が違うことがわかります。それと同時に、燃焼によって発散されるフェノール化合物の種類と量も異なります」

ピートの構成成分を比較する

それは、ある意味”魂”のようなものとして残るといえるかもしれない。異なるピート湿地から採取されたコケ類、ヒース、木の遺骸のサンプルを比較しながら、スコッチウイスキー研究所のバリー・ハリソン博士は次のように解説する。「これらのサンプルを比べてみると、リグニン(木質素)の種類と量が違うことがわかります。それと同時に、燃焼によって発散されるフェノール化合物の種類と量も異なります」。まず、アイラ島の一部のピート湿地でよく見かけるミズゴケにはリグニンが含まれていない。実際は、構造的にリグニンとよく似た働きをする化合物で構成されているのだ。よってミズゴケを燃やすと、いかにもフェノールらしい薬品臭のする煙が出る。

では、ヒースや樹木といったリグニンを含む植物の場合はどうだろう?スパイシー&ドライの記事でも紹介したように、リグニンを含む植物を燃やしながら樽の内側を直火で焼き付ける(チャーリング)と、グアヤコールなどの物質が生成される。ここでも同じことがいえる。少なくとも理論上は、リグニンを豊富に含むピートを燃やしたときの煙は、さまざまな種類のグアヤコールを含んでいるため、よりスパイシーで豊かでなければいけないのだ。グアヤコールは、スパイシーやスモーキーといった香味を構成している物質である。

だが、それだけではない。リグニンを含む植物のあいだでも、燃焼によって生成される物質が異なるのだ。ヒースが生い茂るオークニーのピートはよりフローラルで香り高いといわれる一方、時折ハイランドで見かけるような木の幹や木本植物を豊富に含むピートの煙は土っぽい匂いがする。

もうひとつ、物事をより複雑にしている問題がある。ピートを燃やすことでつくられるフェノール化合物の種類は、植物の腐植具合とも関係しているのだ。これはつまり、植物が空気に触れれば触れるほど、あるいはピートとして腐植する時間が長ければ長いほど、煙の薬品臭の原因であるフェノール化合物が増し、スパイシーさやスモーキーさを裏付けるグアヤコールが減ることを示している。これは少なくとも理論上、リグニンを含む植物が豊富なピート湿地の奥深くから切り出されたピート、あるいは比較的乾燥したピート湿地から切り出されたものの煙は薬品臭が強く、スモーキーやスパイシーといったアロマが弱いことを示唆している。反対に、ピート湿地が湿潤であればあるほど、よりスパイシーでスモーキーなアロマが得られる。

「実際、ヒースのような植物は、地中深く根をおろします。時には、太古の時代のピート層に到達することもあるのです」とハリソン博士は話す。「それによって、リグニンの大部分が腐植したところに新しい木質が加わります」

どうやら、理論が示すほど単純明快にはいかないようだ。

「実際、ヒースのような植物は、地中深く根をおろします。時には、太古の時代のピート層に到達することもあるのです。それによって、リグニンの大部分が腐植したところに新しい木質が加わります」

畏敬の念を抱いて楽しむ

だが、今日の製麦に使われている一つひとつの角柱型のピートができるまで、いくつもの文明が繁栄と崩壊を繰り返してきたことも忘れてはいけない。ゴンドール(訳注:J・R・R・トールキンの小説『指輪物語』などに登場する架空の国)の有名なイシルドゥア王の言葉を借りるなら、ピートが生まれた場所の歴史は「もはや火だけが語ることのできる秘密」なのだ。

だが、私たちは実際どれだけの秘密を知っているのだろうか?世界のためにも、そのうちのいくつかは永遠に秘密として留めておくべきなのではないだろうか?私たちは、この記事を通じて霧に包まれた時の流れにじっと目を凝らしてきた。そしてどうやら、歴史は私たちに追いついたようだ。

何もかもが目まぐるしく変化する現代社会において、サステナビリティとピートの責任ある使用といった課題は避けて通ることができない。だが、これについては来月お話することにしよう。今は、ソサエティが誇るピーテッドフレーバーの中から今日にふさわしいウイスキーを選んで、そのフレーバーが語る物語に耳を傾けようではないか。

どのウイスキーを選んだかはさておき、あふれんばかりの畏敬の念を抱きながら、ともにグラスを重ねよう。

ウイスキーを飲み比べて、製造に使われたピートの産地を当てることができるか?過去に、ソサエティのメンバー4人がこのチャレンジに挑んだ。

オンラインショップでは、ピーテッドフレーバーの特徴をご紹介しています。

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