ウイスキーの歴史
記録を破る者たち
9月30日、ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティはオンライン最大のウイスキーテイスティングでギネス世界記録に挑戦する。この機会にギャビン・D・スミスが、視野を広げてウイスキー界隈の記録を破る者たちに注目した。
詩人ディラン・トマスの最後に記録された言葉は「18杯のストレート・ウィスキーを飲んだ。これは記録だと思う。」だった。
大量のアルコール消費を祝うのは、責任ある業界の飲酒理念にはふさわしくないが、とにかくトマスは嘘をついていた。ニューヨークのホワイト・ホース・タバーンの記録によると、1953年のその夜、彼が飲んだ「ストレート・ウイスキー」は最高8杯だった。
もう一つの誤りは、その夜ウイスキーを大量に飲んだのがこのウエールズ人の直接的な死因になったというものだ。仕方のないことではあったが、彼が実際に亡くなったのは診断されていない気管支炎と肺炎のためで、かなりの部分、医療過失のせいだった。
たぶん「18杯のストレート・ウイスキー」のほうが私たちの好みなのだ。それに、私たちは良い記録というものを愛している。例えば、スコットランド最小の蒸溜所をご存知だろうか。潜在的産出量という点でいえば、ルイス島のアビンジャラク蒸溜所(最大生産量約2万リットル)やロス・アンド・クロマーティ地域のテインに近いトゥールバディ蒸溜所(最大生産量約2万5,000リットル)あたりだろう。そしてスコットランド最大の蒸溜所は?こちらはグレンフィディックとグレンリベットの勝負で、どちらも今年の『Malt Whisky Yearbook(モルトウイスキー年鑑)』には年間最大生産量2,150万リットルと掲載されている。
次にスコットランドで一番古くからずっと稼働している蒸溜所はどうだろう。これは本当にウイスキーの虫が蠢く籠を開けるようなものだ。いくつかの蒸溜所が証拠を示すことのできないまま18世紀設立としている。が、総合的に考えると、ストラスアイラ蒸溜所の主張に軍配が上がるようだ。証拠の書類があり、蒸溜所の建設は1786年6月22日に始まっている。
それから「ギネス世界記録」で認められた魅力的なウイスキーの記録がある。ほとんどの人が最初に知りたがるのは、世界で最も高価なウイスキーのボトルで、その栄誉の持ち主は必然的にかなり頻繁に交代するが、現在の記録の保持者は過去4年間、挑戦者をことごとく退けてきた。驚くには当たらないが、問題のウイスキーは、長年にわたり蒐集の対象であるマッカラン・ファイン&レア1926で、貴重な60年物だ。2019年10月24日にロンドンのサザビー・オークションで落札されたこのボトルは、異例の145万2,000ポンド(181万1,250米ドル)の値をつけた。その前の記録保持者もまたマッカランだった。

上記:ディラン・トマス

上記:マッカランの記録的な1926年

上記:ストラススラは(おそらく)スコットランドで最も長く連続して稼働している蒸溜所
同じスぺイサイドのシングルモルトで、独立系のボトラーが出品したものが、この記録更新に挑戦したが、このシングルモルトは既に別な新記録を打ち立てていた。それがウイスキーの世界最大のボトルという記録で、その名を「ザ・イントレピッド」といい、容量は311リットルだ。製造したのは投資会社のファー・メイ・ホールディングスグループと代替資産運用会社のローズウィン・ホールディングスで、2021年9月9日、アバディーンシャー、ハントレーにあるダンカン・テイラー・スコッチウイスキーで認定された。「ザ・イントレピッド」に入っているマッカランは、1989年に蒸溜された32年物で、容量は「普通サイズ」ボトルの444本分に当たる。
2022年5月、「ザ・イントレピッド」は、ライオン・アンド・ターンブルのオークションに出品され、世界最高額のウイスキーボトルのタイトルに挑戦した。しかし結果は「たったの」110万5,000ポンドで、同じブランドが達成した145万2,000ポンドには及ばなかった。
最大ボトルについてはこれくらいにするとして、最小ボトルのほうはどうだろうか。その記録を持っているのはレンフルーシャー、リンウッドにあるカンブレー・サプライで、高さ僅か5センチ余り、容量1.3ミリリットルのホワイトホースのボトルに対するものである。
これまでオークションで売られた最高額のボトルを見てきたが、世界で「最も貴重な」ボトルは、また別問題だ。それは2022年10月31日に195万9,817ポンド(256万5,597米ドル)の価値があると認定されたもので、実はマッカランではない。問題のボトルを所有するのは、7,000本を超える貴重なビンテージウイスキーが保存されているシンガポールのグランデ・ウイスキー博物館で、ボトルは40年物のラフロイグだ。ボトルには2008年6月にチャールズ王太子とカミラ夫人がアイラの蒸溜所を訪問した際のサインがある。
最も貴重なボトルの次は、最も貴重なコレクションだ。こちらはベトナム、ホーチミン市のグエン・ディン・ドゥアン氏が所有している。同氏は535本の古く貴重なスコッチウイスキーを所有していて、1,077万635ポンド(1,390万米ドル)の価値があると考えられている。
大手のオークションハウスにコレクションが出品された場合、21%のバイヤーズプレミアム(購入者手数料)が加算されることを考慮して、ギネスは2019年11月、公式に1303万2468ポンド(1670万米ドル)の価値があると認定した。ベトナム人実業家のお宝の中にはマッカラン・ファイン&レア1926が3本、そしてこれまで販売された中で最も古いボウモア、1957年に蒸溜された54年物1本が含まれている。

上記:マッカランの「ザ・イントレピッド」

上記:ウイスキー・コレクター ヴィエト・グエン・ディン・トゥアン
となると、現存する最も古いウイスキーボトルが気になってくる。ニール・M・ガンは、1930年代半ばに書かれた著作の中で「スクラブスター1830年」の印を押されたボトルから試飲した話を書いている。『Whisky and Scotland(ウイスキーとスコットランド)』には、その中味は「…104年を超えていることに疑いの余地はない。」そして飲んだ感想は「…魅力的で好ましくないフレーバー、ラム酒とタールの中間のどこかの味が、口の中に広がる。」と書かれている。
しかしながら「最古のウイスキーボトル」の公式記録はグレンエイボン・スペシャル・リッカー・ウイスキーで、スペイサイドのバリンダロックで蒸溜され、1851年から1858年の間にボトリングされたと考えられている。400ミリリットルしか入っていない緑のボトルは数世代にわたりアイルランド人の一家が所有していたが、2006年にボナムスのロンドンのオークションハウスに出品され、1万4,850ポンドで落札された。
一方、ボトルの中の液体の熟成年数という点では、ゴードン&マクファイルが暫くの間、モートラックの70年物と75年物、そして同社の「ジェネレーションズ」コレクションの中のグレンリベット80年物で「最古」の記録を保持していた。
しかし昨年その記録を奪いにやってきたのは?そう、ご推測の通り、マッカランだった。総計228本のデカンターに詰められた「ザ・リーチ」は、1940年に蒸溜され、81年間1つのシェリーバットで熟成された。このデカンターは約9万2000ポンド(12万5,000米ドル)で販売されたが、発売数か月後にロンドンのサザビーのオークションにかけられ、30万ポンド(33万2,266米ドル)で落札された。つまり、幸運かつ抜け目ない最初の所有者にはかなりの利益をもたらしたということだ。だが、さほど遠くない未来にゴードン&マクファイルからの82年物を私たちが目にする確率はどれくらいだろうか。それが記録というものだ。記録は常に破られる。

上記:アヴァイン・ジャック蒸溜所

上記:マッカランのザ・リーチ