蒸溜所訪問
フォルカークで愉しむ伝統の味
71歳のジョージ・スチュワートは、引退への航海に出る代わりに、娘のフィオーナと共にフォルカーク蒸溜所の共同創設者になる道を選んだ。ジョージは、一から始めた自身の蒸溜所の建設事業計画と10年以上戦ってきた。蒸溜所所在地から目と鼻の先にあるローマの防塁の存在もその助けにはならなかった。ダンカン・ゴーマンが新しい蒸溜所を訪れ、ソサエティのWhisky Talkポッドキャストのために、フィオーナとジョージと歓談した。この抜粋編をお楽しみいただくか、Whisky Talkでノーカット版を聞いていただきたい。
家族第一
上: ダンネージ倉庫のフィオナ
家族の大胆な事業は、父と娘が一から蒸溜所を建設するという形になった。しかもジョージが地元で成功を収めた実業家であるため、ほぼすべてが自己資金で賄われている。
「ユニークなだけではありません。並外れたものだと思っています」と、フィオーナは語る。プロジェクトは常に家族と家族の価値観によって方向が決められた。フィオーナは続けてこう言う。「父が関係してきた事業は、家族がすべてです。父は今、自分の部下となる最初の一団の中で孫を雇用しています。私にとっても、ウイスキー蒸溜は家族というべきでしょう。ずっと以前からそうだったので、今の私たちの仕事の中にも植え付けようとしているところがあります。私たちはとても少人数のチームですが、誰もが自分の仕事を大切にしています。チームが私たちを大切にし、私たちがチームを大切にしているので、優れた価値が生まれているのです」
しかしフィオーナと父親にとっては、常に穏やかな航海とはいかなかった。蒸溜所を創設し操業するために、数えきれないほどの時間と資金が注ぎ込まれた。
「家族の事業ですから、どうしても家族の2人が一緒に働くと苛々して予測のつかない展開になることもあります。母も私たち2人、特に父がここの建設のために週に7日働くのを見ていて、心を痛めていました。ですから、全体として気苦労もありましたし、財政的にも苦労しました。蒸溜所の建設は物惜しみできる事業ではありませんから」
新鮮な才能
スチュワート家が業界で独り立ちするのに寄り添ったのは、22歳の蒸溜所アシスタントマネージャー、レベッカ・キーンだ。レベッカは最初、職業体験を積む化学工学の学生として蒸溜所に足を踏み入れた。しかしこの業界が好きだと気づいたことと、フィオーナを感激させたことで、滞在が伸びた。
「最初は2021年に2週間の職業体験のために来たのですが、12週間が経ってもまだここにいました。到着すると同時に恋に落ち、1週間が過ぎた頃には自分はここの一部だと感じていたのです」と、レベッカは言う。フィオーナは、レベッカのことを蒸溜所の大きな資産であり、この意欲的な若い女性には業界で明るい未来が待っていると考えている。「ジョージとフィオーナは、その後、私に戻ってこないかと誘ってくれて、蒸溜所アシスタントマネージャーの職を用意してくれました。2人は今、私が蒸溜学で学位を取る後押しもしてくれていて、現在は最初の科目(モジュール)を勉強しているところです。
私はこの業界にもっと多くの女性が関わってくれるように頑張ってきました。私たちがお互いに励ましあって、ウイスキーは男性の業界だという一方的なイメージを壊すことが大切だと考えています。そして女性だけでなくて、あらゆる職業や地位の人が業界の中で希望を持って働くことが重要なのだと思います」
つまりまったく新しい蒸溜所ですが、伝統的な蒸溜所の特徴をできるだけ取り入れたということです。これだけ壮観な蒸溜所はそう多くはないと言っておきたいです」
伝統への敬意
上記:キャパドニック蒸溜所から修復された蒸留器
スチュワート家は、蒸溜所建設にあたり、ちょっとユニークな問題にもぶつかった。蒸溜所にほど近い場所に世界遺産のアントニヌスの長城があったために、計画許可を得るのが複雑になり、4年間の停滞を余儀なくされたのだ。防塁は西のクライド湾から東のフォース湾まで、西暦142年から12年以上かけて建設され、ローマ帝国の英国内の最北端の国境線を示している。「計画許可を得るまでの4年間もそうですが、財政的にもかなり厳しいことになりました」とジョージは言う。「そして今だから正直に言いますが、当時反対していた人々や、スコットランド歴史環境協会でさえ、今では蒸溜所は有用だ、結果的に良かったと語っています。貴重な資産の一部に見えますし、蒸溜所が町の歴史を豊かにしているとも思います」
フォルカーク蒸溜所は2021年に蒸溜酒の生産を始めたばかりだが、ひと目見ただけだと、ローランドの町にそれよりずっと長く根付いてきたと思うことだろう。
これは偶然ではなく、共同創設者の父娘が、蒸溜所の建築様式を通じて業界の伝統的遺産への敬意が伝わるようにしたからだ。
グラスゴーとエディンバラを結ぶM9高速道路から少し脇にそれた場所に、銅製の塔2基を備えた漆喰塗りの大きな建物が見つかる。この印象的な複合建築物の中で何が行われているのか訝しく思う通りすがりの人がいたとしても、建物正面に大きな黒字で「フォルカーク蒸溜所」と書かれているのを見れば、間違えようがない。
「2基の塔は、うちのエンジニアリング事業で作られたものを持ってきたのですが、ものすごく魅力的という以外には、どう考えても大した目的はありません。あれは昔の麦芽製造への敬意を表したものなんです。つまりまったく新しい蒸溜所ですが、伝統的な蒸溜所の特徴をできるだけ取り入れたということです。これだけ壮観な蒸溜所はそう多くはないと言っておきたいです」
ダンネージのデザイン
一家はまた、同じ場所に伝統的なダンネージ式の貯蔵庫を建設することを選んだ。フィオーナによれば外観を超えた理由があったからだ。「伝統的な煉瓦を使用すると、通気性が良くなり、それがとても重要なのです。それと熟成プロセスがずっと均一になります。ですから単に伝統を引き継ぐという点だけでなく、蒸留酒の品質についてもよく考えた結果といえます」
貯蔵庫の樽は現在90%がバーボンのバレル、10%がシェリーのカスクという構成になっている。貯蔵庫は地元の煉瓦職人たちが半年以上かけて作り上げたもので、ジョージの話では余分な手間をかけただけの価値がある。
「私たちはここを訪れた人々が心地よく感じられる要素を与えると同時に、ただの新しい建物ではなく蒸溜所として認識してもらえるように、できるだけ伝統を残そうとしました。百年前に亡くなった人が今日ここに戻ってきて、あの保税蔵置場を見たら、当時に建てられたものと考えることでしょう。つまり私たちが行ったのはそういうことです。伝統遺産をここで維持し、それをすべて伝統的な煉瓦でやってのけたのです。
人件費と伝統的な煉瓦のせいで非常に高くつきました。外壁パネルなら5分で設置できるのと比べて、すべてが手作業でした。3、4週間ぐらいで建築することも可能ですが、伝統的な建物の建築には5か月かかりました」
上: ダンネージ倉庫の樽
「すべてが手作業でした。3、4週間ぐらいで建築することも可能ですが、伝統的な建物の建築には5か月かかりました」
物語のあるスチル
しかしフォルカーク蒸溜所が業界の遺産に敬意を払うのは外見だけではない
真新しい壁の内側には、鼓動を打つ蒸溜所の心臓が、歴史に包まれて存在する。閉鎖されたキャパドニック蒸溜所から移設されたスチル2基は58年前に製造されたものだ。有名なスペイサイドのロセス村にあるスチル製造会社のフォーサイス社から購入したが、このフォーサイス社が閉鎖された蒸溜所を購入し、蒸溜所と設備の回収を行った。
キャパドニックのスチルと並ぶのは、目を見張るほど大きい4.5トンの伝統的な銅製のマッシュタンだ。実際、あまりにも大きなこのタンが壁の内側に収まるまで、蒸溜所の屋根を被せることができなかった。古いディアジオのスピリット・セイフと真新しい34,000リットルのウォッシュバックで、蒸溜酒の新酒製造設備は完成だ。この新酒は鼻で嗅ぐとスイート、フローラル、ハーバルの香りがし、味わうと甘い洋梨、軽いスパイス、そして甘いヘーゼルナッツのフレーバーが感じられる。
現在、既に立ち上がり稼働中のフォルカーク蒸溜所は、しっかりとしたリズムが出来上がり、2023年後半に最初のボトリングができる見通しだ。ビジターセンターとレストランはどちらも準備中だが、M9を降りて、蒸溜所を訪問し完全な体験を楽しめるのも間もなくだろう。