DISTILLERY FOCUS

Rye to the fore

イアン・バクストンが比較的新しい2か所の蒸溜所を再訪する。 両者にはいくつもの違いが見られたが、どちらもウイスキーの歴史にライの味わいを加えた未来を構想している。

PHOTOS: MIKE WILKINSON

会報誌アンフィルタード が印刷版だった時代、同僚のトム・ブルース-ガーディン(43号、2018年5月)とリチャード・ゴスラン(39号、2019年5月)が、アーバイキーとインチダーニーという2か所の胸躍る新しい蒸溜所のレポートを書いた。両者はスコットランドの東海岸に位置し、東海岸は蒸溜史においても現在の稼働状況においても比較的閑散とした地域だった。 アンフィルタード だけではなく、あの頃から多くが変わった。それで蒸溜所を再訪して、この2つの先駆的なプロジェクトの進行状況を評価するのによいタイミングではないかと考えた。

一見すると両者は全く異なってみえる。アーバイキーがのどかな農地の真ん中に位置し、ルナン湾の目を見張る沿岸風景を臨める一方、インチダーニーはグレンロセスの魅力的とはいえない工業団地の端にあるのだ。ファイフ州グレンロセスは、産業の再生を通じ雇用を創出する「ニュータウン」を建設した戦後計画が生み出した代物だ。ただ、その名から思い浮かぶ、絵のように美しいスペイサイドとは似ても似つかない。

違いは他にもある。2022年4月までには(新型コロナウイルス感染症の最後の恐怖が収まり次第)、アーバイキーは新築の最新式のビジターセンターで訪問者を歓迎する予定でいる。インチデアニーはまったくの非公開のままで、どんな形であれ扉を開く計画はない。

Though today Scotch single malt is distilled from malted barley, with maize and wheat also used for the grain whisky essential to blends, life has not always been that simple

片方の蒸溜所はニューヨークのバーで杯を重ねた2人の農業従事者の思いつきが始まりで、もう片方は高い能力を持ち、コンサルティングのスキルでも引く手あまたの蒸溜分野の技術者が、ウイスキー製造における40年の蓄積をもとに綿密な計画を立てて作ったものだ。そして片方はカスタムデザインや特注の設備で、この業界におけるハイテクの最高峰であるのに対し、もう片方は既製品に多くを依存している―最後の2文についてはどちらがどちらかを当てたとしても賞品はないが。

HISTORICAL PRECEDENCE: イアン・パーマー氏は、19世紀にはスコッチにライ麦が使われていたと述べています。

NEW DISTILLERIES, A SHARED TRADITION 新しい蒸溜所、共有する伝統

というわけで、私は両方の蒸溜所を訪れ、その違いを目にすることに大いに興味を持っていた。私が驚いたのは、2つの蒸溜所には明らかな違いがあるにも関わらず、似たような場所に落ち着いたことだった。1つには、少なくともスコットランドにしては、かなり変わっているという点だ。なぜなら業界の一般的な慣習に逆らって、どちらもライを蒸溜し、これを最初に発表するウイスキーの特徴としたのだ。 これを理解するには、一歩下がって歴史を見なければならない。現在のスコッチ・シングルモルトは大麦麦芽から蒸溜され、ブレンドに不可欠なグレーン・ウイスキー用にトウモロコシと小麦も使われるが、話はそんなに単純なものではない。スコットランドでは歴史的にライ麦のような他の穀物もウイスキー製造に使われた。インチダーニーではイアン・パーマー博士が1908~1909年の『ウイスキーおよびその他の飲用蒸溜酒に関する王立委員会報告書(Royal Commission Report on Whiskey and Other Potable Spirits)』を歴史的にスコッチ・ウイスキー製造の際にライ麦が使われた明白な証拠として挙げている。 同様に、アーバイキーでもこの19世紀の製法が、自分たちの手で蘇らせた伝統として引き合いに出されている。どちらも現在の正統法を破っている一方で、その革新的方法が、根拠としては申し分ないが、ウイスキーの歴史を熱心に学ぶ者以外には難解な文書に言及することで守られている点が興味深い。最新の蒸溜所でさえ自分たちのブランドに伝統と由来を加えるために過去に関心を向けているようだ。

ルナン湾を臨むアーバイキー・ディスティラリー

InchDairnie is a more industrial-scale distillery in Glenrothes

しかし、私にはそれほど気にする必要があるとは思えない。ライ麦は蒸溜用の穀物として確立しているし、ライ・ウイスキーは特に米国において、多くのウイスキー・カクテルの主要な材料になっている。ウイスキーの愛好家たちは長年のクラシックであるスコッチにひねりが加わることを歓迎するだろうし、新しい蒸溜所が何か新しいこと―少なくとも国内市場において―をするのはもっともなことだ。 嬉しいことにアーバイキーの製品は既に入手可能で、2種類の製品になって販売されている。4年熟成の限定販売であるハイランド・ライ・シングル・グレーンは、アランテス・ライ(マッシュビルには小麦と大麦麦芽も含まれる)を使用しており、アーバイキーの「畑からボトルまで」の哲学に沿って、穀物が育った畑の詳細な場所まで特定できる。度数46%でボトリングされ、世界で1,220本限定で販売されるが、1本250ポンドで、バーよりもコレクション用になるかもしれない。価格は初回販売の350ポンドから下がったが、新顔の蒸溜所にしては野心的な価格であることは否定しがたく、アーバイキーのホワイトスピリッツが比較的安価であることを考えると特にその感が強い。 しかし第2の選択肢がある。熟成の記述のないHighland Rye(ハイランド・ライ)1794 だ。若干度数の高い48%でボトリングされたこの製品は130ポンドで入手できる。それでも慎重になる買い物だが、私たちが素晴らしいライ・ウイスキーに求めるスパイシーで複雑な香りがあり、バターの香りのブラウンシュガーと蜂蜜の香しさに支えられている。

DEFYING CONVENTION  慣習の打破

インチダーニーに目を向けると、2017年12月以降ライ・ロースタイルのライ・ウイスキーを蒸溜しており、2022年のいつか―イアン・パーマーによれば「準備ができたとき」―に販売が予定されている。もともと彼らが希望していたと思われるスコットランド初のライ・ウイスキーにはならないとしても、技術的には興味深いものだ。ライ・ウイスキーに合う、より細挽きの粉を作るため、伝統的なローラー装置ではなくハンマーミルを使い、さらに普通のマッシュタンの代わりに(ディアジオのティーニニックで見られるような)マッシュフィルターを使って、でんぷんと糖の抽出度を高くしている。ライ麦には発酵中に泡立つという欠点がある。少なくともパーマーは米国で調査中にそのように警告を受けた。やってみるとこれは品種によって大きく異なると分かり、まったく思いがけないことだったが、インチデアニーで使うファイフ育ちのライ麦はこの問題とは無縁だった。 革新はこれに留まらない。インチデアニーは、パーマーが設計したローモンド蒸溜所においてローワインを得るための6つの固定したコンデンシングトレイを含む、独自の工夫を凝らしている。蒸溜酒と蒸溜器の間の銅接点を増やすことが重要であると考えられているので、隣り合ったポット・スチルはどちらもツインコンデンサを設置して、プロセスに追加のエネルギーを与える熱回収機能を強化している。

InchDairnie’s palletised warehouse

Arbikie master distillery Kirsty Black

かなり斬新なテクノロジーが1つの蒸溜所に詰まっていることや、施設全体が一から作られたことを思うと、ウイスキー愛好家としては公開している施設がないという点には失望を禁じ得ない。特権的な取引目的の訪問者は、スタイリッシュなコンテンポラリーアートの飾られる役員室でもてなされるそうだが。だが、インチデアニーは事業だけを念頭に置いており、観光施設でもコーヒーショップでもないのだから、私たちはウエブサイトの「将来的に折にふれて特別な訪問を受け入れることになるかもしれません」という期待のもてるほのめかしで満足しなければならない。注意深く見守り、ドアが開くとなればその機会を掴むことだ。 だがウイスキーのほうはどうだろう?アメリカンオークの新樽で熟成しているので、パーマーと彼のチームは、発売時期を2022年の初頭になるだろうと考えている。

個人的には貴重なサンプルから判断して、ボトリングまでそう遠くない、喜びを持って試飲できるだろうと思う。質が高く、じっくり思いを巡らせてちびちびと飲む価値があり、実際のところ違いの分かるSMWSメンバーにとって完璧だと思われる。価格については何も明かされていないが、アーバイキーと比較してインチダーニーの生産量が多いことから、より広いマーケットで競合できると見込まれる。 どちらの蒸溜所もそれぞれのオーナーとその起業家精神に対する評価は高い。彼らは好奇心の強い愛好家にクラシックなウイスキーでありながらスコットランドでは1世紀以上も見られることのなかったスタイルを探る機会を提供して、待ち望まれた新鮮な考えを業界にもたらしている。どちらも地域にしっかりと根差し、未来につながるウイスキーの旅においてしっかりと外に目を向けているのだ。

インチダーニーのイアン・パーマー氏とスチルルームを覗く