THE KNOWLEDGE

Coming up for air 空気の話

「オールドボトルエフェクト(OBE)」についての最近の調査と、OBE信者と懐疑主義者の対立するグループの聞き取りから、トム・ブルースーガーディンがこのウイスキーと空気の関係についてボトルの底まで掘り下げて調べた。

人は貯蔵室に足を踏み入れた瞬間に、木と蒸溜酒の甘い香りに包まれ、この2つが長年の熟成に大きな役割を果たしているとはっきり分かる。 この香りが等式の片側だとすると、もう片側にはウイスキーと置換され天使の分け前として失われる、カスクの気孔から吸収される空気がある。 この厄介な天使は驚くなかれスコットランドで年間2900万ガロンを飲み干すと言われていて、喉の渇きはボトルにまで及ぶようだ。「まさに今、棚の上に天使を見ていますよ」著述家にして希少ウイスキーの専門家、アンガス・マクレイルドはそう語る。「たぶん1950年代にボトリングされたものですが、ボトルの液面レベルはミッドショルダーまで下がってしまいました。つまり、数十年にわたる非常にゆっくりとした蒸発のために、明らかに約5センチが失われたのです」

アンガスは1杯相当のウイスキーを失ったかもしれないが、残っているもので充分以上だと考えている。「強度は高くて104プルーフあり、だいたい60%がアルコールです。実際のところ私の観点ではそのプロセスは有益です。たぶんウイスキーは少しの空気のおかげでボトルの中でいい感じに風味を得る機会を得たと思うんです」

しかし標準的な強度のボトリングの場合は警報が鳴る。「ABVが40%とか43%だと、気化のせいでウイスキーの風味が落ちる可能性が高くなります」と彼は言う。あと10年、確認せずに放置すると完全にバラバラになり、後にのこるのは、ぼやけたピートの味のする水ということになるだろう。

アンガス・マクレイド

THE RIGHT HEADSPACE   正しいヘッドスペース

ソサエティの蒸溜酒講師であるアンディ・フォレスター博士は、アルコール強度が十分にあれば少量の空気でウイスキーの味が向上するという考え方に全面的に納得してはいない。彼はバーの奥に鎮座する半分入ったボトルを想像する。「揮発性成分を失うヘッドスペースが大きいですが、揮発性成分こそが主に風味を作っているのです。だから生き生きとした風味が失われるのを目にしていると考えるのは、実にもっともなことだと思います。 液面レベルがショルダーまで下がっていて、ボトルに詰められて40年が経過していれば、強度が落ちた可能性が非常に高いです」ウイスキーの主な揮発性成分の1つであるエタノールは、当地の涼しく湿度の高い気候では、熟成の過程で最初に失われる。これがパブに比重計を持ち込んで自分の酒の強度を測る価値があるという意味かどうかは、また別の話だ。 両者が完全に同意している一点は、半開きのボトルの難解な問題の解決法である。

アンガスはこう言う。「素晴らしい飲み心地、上質で新鮮な状態でボトルからウイスキーを飲める期間を維持したければ、単純に小さなサンプルボトルに詰め替えてください」

ヘッドスペースを最小にすることで、空気によるダメージのリスクを効果的に減らせる。

ABOVE: ドーノッホのトンプソン兄弟

GAS GAS GAS ガス、ガス、ガス

自宅にある自分のウイスキーの場合はそれで良いが、パブの場合はそうはいかない。著名なドーノック・キャッスルのウイスキー・バー―SMWSのパートナー・バー―では、トンプソン兄弟が膨大な数のボトルを蒐集しており、いずれもボトルは開いていて、試飲が可能である。中でも希少でより高価なものは、1杯注がれる度にアルゴンガスを注入する。空気より重い不活性ガスは、沈下して保護毛布のようにウイスキーを覆う。 この保存システムはワインの世界では有名で、カウンターの奥にエノマティック・マシンの名で知られるガスを使ったステンレス製のディスペンサーが輝いている。しかしウイスキーは発酵した葡萄ジュースよりもずっと芳醇なので、サイモン・トンプソンは自分の理論を試してみようとした。「価値があるかどうか試してみようと貯蔵室で実験しました。これは50mlのウイスキーを2つの標準的なボトルに注ぎ、片方にガスを注入して、6か月後にもう片方の同じウイスキーと比較するというものです。アルゴンガスを注入した方が明らかに良い状態にありましたが、サンプルボトルには及びませんでした」と彼は語る。その違いが、時と共によりはっきりすることは想像に難くないだろう。 アルコール含有量に関わらずどんなウイスキーも空気にさらされると揮発成分を失うというアンディの説にはサイモンも同意しているが、サイモンは強度の高いボトルは、40%まで強度を下げたものに比べて、単純に空気の影響に対して緩衝材として働くウイスキーが多いという意見だ。彼はまた、貯蔵室にあった期間やカスクの影響によって、他のものよりボトルでの変化が大きいものがあるとも考えている。

アンディ・フォレスター博士

STRENGTH IN DEPTH   深みのある強さ

アンガス・マクレイルドは彼曰く「ABVが60%を遥かに超えるロケット燃料並みの強度を持つウイスキー」を詰めた1980年代のソサエティのボトリングを特に気に入っている。「ほとんどは輝かしい封印がされていますが、何らかの理由で小さな傷がついているものがあります。ウイスキーが蒸発してラベルの下くらいになっているボトルも飲みましたが、それでもまったく申し分ありませんでした。効果があるのは、非常に若い、カスクの力が強く働くウイスキーです。一方で当惑するようなウイスキーもあります。2年間開いたまま放置された43%のボトルを飲みましたが、それもまた問題ないんです」 しかし現実主義者を自認するアンディ・フォレスター博士は、こうした考えを裏付ける科学についていまだ懐疑的であり不思議に思っている。とは言っても彼はずっと前にオッドビンで働いていたときのことを覚えている。そこで試飲用に開けられていたウイスキーのボトルの中に1ドラムしか残っていないクラガンモアのディスティラーズ・エディションがあった。「それには生き生きとした魅力がありませんでした。確実に何かが失われていました」と彼は言う。 1900年にまで遡れるボトルの並ぶ神話的なウイスキー・バーに関して、選ぶ際の彼のアドバイスはこうだ。「自分が何を買おうとしているのか自問することです―祖父が戦争に行くまえに蒸溜されたものを飲むという経験を買うのか、それとも望みうる最高の品質を得るためにお金を使うのか、どちらでしょう?」彼はOBEやボトルの中の空気の話がどういうわけか、ウイスキーは昔のものの方が良かったという無意識の先入観とつながっているのを疑問に思っている。それはまた別の話ではないだろうか。