知識

すべては

アロマ

科学者でSMWSのメンバーでもあるエイダン・カークウッドは、長年アロマに魅了されてきた結果、ウイスキーのグラスから立ち上る強いフレーバーの組み合わせを作り出すものが何かを正確に突き止めようと考えるに至った。 トム・ブルースーガーディンに説明するように、すべては化学と化合物―そして脈絡だ。

エディンバラ・ネピア大学で生物医学を学んでいたエイダン・カークウッドの夢は香水会社で働くことだった。 紳士服店でアルバイトをしていたが、「人がつけている香水を言い当てることができたので、少しばかり怖がらせてしまうことがよくありました」 それは十代の頃に香水売り場をうろうろしながら試しているときに気づいた特技だった。 どう考えても彼は素晴らしい鼻の持ち主だ。 それで応募書類を提出したものの不合格通知が続いた。 シャネルのお気に入りになるのは簡単なことではなかったが、おかげでエイダンは香水に限らず、より広いフレーバーの世界を考えるようになり―最終的にウイスキーに行き着いた。 学問の世界にとどまり、現在はノッティンガム大学で香料化学の博士課程に在学しているエイダンは言う。「専門からかなり外れているものを読みます―良きにつけ悪しきにつけ、匂いがあるものすべてに興味があるのです」

フレーバーのために作られた

エイダンは、グレンキンチーで2シーズン、ツアーガイドを務め、さらに他の蒸留所を訪問し、数多くの本を読み、スコッチについて学んだ。 「ウイスキーに含まれる主要なフレーバーの化合物について膨大な資料を読みましたが、そのいずれも自分にはウイスキーのような匂いだとは思えませんでした」 これが4月に友人でありソサエティのアンバサダーであるローガン・ショウと開催した、SMWSの忘れがたい試飲会を思いつくきっかけとなった。

だがまずはエイダンのフレーバーとアロマの違いを聞こう。 「フレーバーは包括的な用語です。 味、食感、口当たり、さらには物が立てる音、たとえば特定の食べ物の立てる『サクサク』といった音まで含みます。 しかしフレーバーに最も寄与するのはアロマだと考えられていて、これは2つのカテゴリーに分類できます―オルソネイザルとレトロネイザルです」

上:エイダン・カークウッドは香りをテストしている

前者は嗅ぐことで、後者は口の中で食べ物や飲み物が醸すアロマすべてをカバーしており、これが味と匂いを混同する原因でもある。 「噛んで飲み込むプロセスで喉の奥から鼻にかけて空気が流れ込みます。 ですから身体はフレーバーを体験できるよう作られているとも言えるのです」

洞窟住まいの先祖にとって、これは当然のことながら賞味期限の記載のないマンモスの肉が腐敗していたときに吐き出せる最後のチャンスとなった。 一方、犬はどう考えてもレトロネイザルの機能がなく、それが吐き気を催すような物だろうが何でも喜んで食べる理由だと考えられる。

SMWSの試飲会で、エイダンはβ-ダマセノンを紹介した。これは「ウイスキーに含まれる主要なフレーバー化合物で、発酵過程、それとワインとシェリーのカスクから生まれると考えています。 私にとっては煮詰めたリンゴの香りがしてほんの少しスモーキーでもある素晴らしい匂いで、機械で計測できるレベルよりずっと低くても私たちの鼻は感知できます 試飲会の参加者の皆さんにはそのことを、それからシェリーで熟成させたウイスキーのことを考えてほしいと話しました」

一番反応があったのは硫黄化合物―ジメチルジスルフィドだった。 「ウイスキーにも含まれるし、基本的に発酵物すべてに含まれます。 大好きだという人もいれば、嫌悪する人もいて、筋肉増強にはニンニクのようなものかもしれません」 だが彼が嗅いでもらった他の化合物同様、参加者はその匂いとウイスキーを結びつけるのには苦労しているようだった。

すべては脈略

私たちは個々のアロマに分解するのは得意ではないようで、彼はイソ酪酸を嗅いだあとにパルメザンチーズの写真を見せる実験について話してくれた。 誰もが匂いに好感を示すという。

「それから2枚目のスライドを吐瀉物の山にすると、同じ化合物なのに全員が嫌悪感を示したのです。 だから大部分は脈略によるということです」

テイスティングノートでは「酪酸」や「赤ちゃんの吐き戻し」は時折り見られる言い回しだが、ラベルの裏やプレスリリースでは決して見かけることはない―考えただけでブランドオーナーは震えあがるはずだ。 ウイスキーはスペイサイド産なら「フローラル」で「ヘザーハニー」が溢れ出ていて、海の近くなら「クリスプ&ソルティ」で、アイラ産なら「刺激的なピートの煙にまみれて」いなければならない。 これに異議を申し立てるのはウイスキーのマーケティングの聖なる真実への異議申し立てに他ならない。

そうした形容詞が使い古された言い回しになる一方で、実際のフレーバーの化合物名より安心感があるのも事実だ。化合物名は非常に奇妙なことも多い。 「トランストランスー2、4-デカジエナールはただ長い馬鹿げた名前です」とエイダンは言う。 実際は、チキンカップスープのようで、脂っぽくキュウリの風味があります。 私にはクライヌリッシュにはっきりと感じられます」

理論的には含まれているフレーバーの化合物が分かれば、実験室で試験管ウイスキーを製作できるが、受け入れられるかはまた別の話だ。 「バランスを取るのがとても難しいでしょう。 自然を真似するのは本当に難しいのです」とエイダンは言う。私たちは口を挟むことはできなくても、どこかがおかしいと気づく敏感さがあるようだ。

しかしエイダンはこう続ける。「私たちはフレーバーに含まれる個々の香りを区別して説明できるようにはなっていなくて、実際に専門家でも5種類以上使われていると区別できないと示唆する研究も存在します。 そしてウイスキーには重要な化合物が最低でも45種類あるのです」

下水それとも媚薬?

ある意味ではウイスキーはその部分の合計よりも良質だと言える。一番重要なのは全体のバランスとフレーバーの化合物の調和具合だからだ。

同時にグラスから鼻を上げて、荷車一杯のトロピカルフルーツの名を吐き出せるウイスキー専門家には懐疑的になるべきだ。

「ウイスキーに多くの香りがある説には納得していません」とエイダンは言う。 平均的なウイスキー愛好家はこうした香りを区別する傾向がありません。香りは実際のフルーツよりも抽象的で化学的だからです。 その反面、あるウイスキーが他のウイスキーよりフルーツの風味がするとしても、分析的に説明するのは難しいと思います。フレーバーのシナジー効果は複雑で謎めいているからです」

そしてもちろん味は純粋に主観的なものだ。 「私が『何々みたいな味がする』と言ったら、それは自分の子供時代やこれまでの経験を表しています」とエイダンは言い、東南アジアのフルーツ、ドリアンを例に挙げる。

「ドリアンには硫黄化合物が多く含まれ、私にはオニオンピクルス味のモンスターマンチ(スナック菓子)のような匂いです。 タイの人はただ『ドリアンみたいな匂いだ』と言うでしょう」 『フルーツの王様』に賛否両論があると言えば十分だろう―下水のようだと思う人もいれば、媚薬だと言うひともいる。

博士号取得に向けて勉強するエイダンは研究室での仕事についてこう言う。「座って1杯のウイスキーを楽しむときには化学物質のことは考えません」 「化学薬品の味がする」ということは決して誉め言葉ではないし、口にしないことが賛意になる。 エイダンが言うように「きっと人々を怖がらせて遠ざけてしまう」から。